先日、知人から「どうして若くして社長になろうと思ったの」と質問されました。

 

その瞬間にはうまく答えられなくて…

改めて今、その問いに対して自問自答しています。

 

ブログを振り返ってみたら、16年前の自分は、こんなふうに書いてました。

…自分が得意を発揮できる仕事は「社長」じゃないかと、自己分析したから、と。

 

 

まあ、これは間違ってはいないんだけど、もう少し深く掘り下げてみると…

 

小学生~大学生時代に、様々な価値観にふれたことが、そんな自己分析を導き出したのだと思います。

 

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私の両親は、私が小学校4年生の時に、外国人のホームステイ受け入れを始めました。

父は英語が得意で好奇心旺盛、母はお客さんをもてなすのが大好きだったので、お互いにとっての楽しみとして取り組んだのと同時に、私たち子どもの教育のためだったと思います。

(私の父は若いころは電通本社のマーケティング関連の部署にいました。しかし、父親(私にとっての祖父)が経営していた工場用モーターの販売・修理会社を継ぐために、静岡の田舎に戻りました。思いっきりブルーカラーの仕事ですから、つまらなかっただろうと思います。外国人のお客様との交流は父にとって、家にいながら得られる刺激的体験でした。)

 

ホームステイにやってくる外国人ゲストは、私に、世界に様々な価値観があることを教えてくれました。

 

アメリカ人の小学生は、メイクをして、マニキュアを塗っていました。マクドナルドでハンバーガーを買うときに、大人の店員さんに「私は野菜は食べないから、レタスを抜いてくれ」と言ったことにはビックリしました(そんな注文をつけることにも驚いたし、その堂々とした話し方にも驚いた)。私の母が長時間かけて作った和食を「口に合わない」といって全く食べなかったのも衝撃的だったな~(日本人なら普通、少しは食べてみたりしますよね)。

 

デンマーク人の夫婦は、人生にとっていかに趣味が大切かという話をしてくれました。デンマークにはフォルケホイスコーレという学校があって、彼らの息子は高校を卒業してからその学校に2年間在籍しているということ。全寮制で、楽器の演奏や演劇、スポーツなど、自分の興味関心があることに取り組みながら、一生涯自分が取り組む「趣味」を見つけるのだと教えてくれました。「人生にとって仕事よりも趣味が大切だ」と。

(改めて今日、フォルケホイスコーレについて検索したら、趣味以外にも幅の広い学びを提供している場、らしいです。高校生だった私の英語力に難があったのかもしれないですが、まあ、大まかには合ってるかな)

後日、私は妹と二人で彼らにホームステイさせてもらい、日本にはない穏やかで豊かな暮らしを体験しました。親戚たちと原っぱにピクニックにでかけて、昼から夜までずっと焚火を囲みながらおしゃべりしたり、キャッチボールしたり、のんびり過ごすんです。今思えばあれはまさに、ヒュッゲ

 

 

 

オランダ人の17歳の男の子は、自ら望んで、学校には行かずに、自宅学習をしていました。そして、政治に興味がある彼は、政治家の秘書のインターンシップをしていました(その関係で、オランダ人の政治家や経済界の日本視察についてきて、プログラムの一環として我が家にホームステイ)。ちょうど私の周りでも不登校という言葉が出てきていましたが、彼の選択はポジティブなもので、かつ、17才なのに政治家の秘書もしちゃう、のもビックリで、同じ年頃だった自分には刺激的でした。

 

ドイツ人大学生の女性とは気が合って、一緒に信州旅行をしました。彼女は大学を休学して、世界で様々なボランティア活動をしていました。「ドイツに戻ったら複数の会社でインターンシップをしながら、自分の将来の目標に適した職場を探す」という計画について話してくれた彼女の、着実に自分の人生を築いていっている姿は輝いて見えました。

 

ちょっと脱線しますが、パプアニューギニア人の女の子の話にも驚いたな…彼女は「うちには、父が1人と母が4人、兄弟は22人います」と教えてくれて。一夫多妻なんですよね。彼女のお父さんはスーパーやコーヒー農園を経営するビジネスマンで、広い敷地内に家が4軒たっていて、順番に妻のところを巡りながら生活している、と。いやはや、世界は広いですよね。

ちなみに「そういう家族ってどうなの」、と聞いたら「お父さんのことは嫌い」と言ったので、やっぱそうなんだな~と納得。

 

 

最後の話はともかく、私が、外国人ゲストから学んだのは「世界にはいろんな価値観がある」ということ。

 

だから、自由になっていい、と思いました。

日本の常識とか、周囲の人の価値観、女性という性にとらわれる必要なく、自分らしく生きればいいんだと。

 

自分にはもって生まれた創造力やリーダーシップがあるのだから、それを生かして、世の中に貢献しようと決めました。

 

 

それから、ポジショニングは重要だとも考えました。

 

アメリカでは自己主張しなきゃバカだと思われる。でも、日本で同じように発言したら周囲に驚かれる。住む世界や立ち位置によって、その人の評価は大きく変わる。

 

私の選択「社長になる」は、=変人扱いされてしまえ!というポジショニング戦略でしたね。

 

日本では、若い女性であるだけで、補佐的な立ち居振る舞いを要求されるけれど、自分はそんなふうにするつもりはない。その意思表示として、社長になってしまおうと。そうすれば、周囲が「あいつは社長になるくらいだから変わってる女だ」と警戒(私にとっては尊重)してくれて、楽だと。

日本で自己実現を果たすための私なりの「処し方」として、社長になる道を選びました。

(身の回りに、父含め、小さな会社の社長が多かったことも、この選択をさせた理由のひとつだと思います。両親は「自営業は大変だから、あなたたちは公務員か教師になりなさい」と諭していたのに、私は両親を見ながら「自分も経営者になりたい」と考えました。ちなみに妹は親のいうことを聞いて教師に。育った環境が同じでも選択が変わるのは、DNAの違いかな。私には、起業家の祖父の遺伝子が強く表れているんだろうなあ)

 

…ここで一つ、自分でも面白いなと思うのですが、なぜか「外国に移住しよう」とは思わなかったんですよね~。

 

大学時代の親友ソガちゃんは、私と2人で旅したシンガポールにほれ込み、何度かの転職を経て移住。もう20年近く在住し、アメリカ企業のアジアヘッドオフィスで活躍しています。彼女の話を聞くと、シンガポールでは日本のような男女差別はないらしい。どうして私も、そっちの道に進まなかったのかな。

 

うーん、明快な答えは今、見つからないのですが。

 

・外国人ゲストたちに日本について紹介する中で、日本が好きに。

・大学時代から頻繁に外国旅行をしたので、移住、というほどの強い憧れは抱かなかった(旅行できるからいいかな、と)

・家族、友達、恋人と離れたくなかった。

 

書き出してみたところ、最も強いのは3番目かなあ。

 

 

おかげさまでまもなく、社長になって20年になります。

 

振り返って思うのは…社長はなるのは簡単だけど、小さい会社であっても、続けるのはなかなか大変だった。

 

続けられた一番の理由は、夫の協力や応援があったからです。

 

さっき「社長を続けるのは大変だった」と書いたけれど、社長をやりながら幸せな結婚生活を続けられたことの方が奇跡的。夫のような人でなければきっと、社長は続けても、離婚してましたね…ありがとう、ダイスケさん…!

この話は長くなるので、またいつか。

 

 

 

 

 

2020年4月17日の、深夜2時をまわったところです。

 

数時間前、政府が、全都道府県に対して新型コロナウイルス感染拡大防止のための緊急事態宣言を出しました。

 

なんだか寝付けなくって、ぼちぼちと仕事をしながら、起きています。

 

 

 

この先、どうなるんだろうなあ。

 

東京も、NYみたいになっちゃうんだろうか。

 

函館は2月以来、感染者は確認されていないけれど、これから増えていくんだろうか。

 

 

 

自分のココロとカラダの健康に気を付けつつ、家族やスタッフを守るために、そして、地域医療や、地域経済を守るために、考えて行動していきたいです。家にいたって、できることがあるはず。

 

 

そして、こういう時こそ、人に優しくありたいと思います。

 

 

がんばろう。

 

 

皆さん、こんにちは。阪口です。

 

先週末、嬉しいことがありました。

 

中学2年生の息子・タイキが、パナソニック教育財団主催のプレゼンテーションコンクールで、最優秀賞(全国1位)に選ばれました!

 

 

最終選考会は、東京で行われました。熊本や大阪など全国各地から集まったファイナリスト5名によるプレゼンの後、結果発表で息子の名前が呼ばれた時には…本当に嬉しかったです。よく、頑張りました。

 

受賞後、何人かのかたに「どうしたら、そんな賞がとれるの」と聞かれまして…

改めて考えてみたのですが。

 

私は、息子を、函館三育小学校に6年間通わせたことが良かったと思っています。

 

函館三育小学校、ご存知でしょうか。

道南唯一の私立小学校です。

1学年の定員が8名で、優秀な先生方から、きめ細やかな指導をしていただけます。

 

三育小学校ではとにかく、子ども一人一人の、発言の機会が多いのです。

まず普段の授業でも、少人数ですから、何度も発言する機会があります。

さらに、「音読発表会」という行事が定期的に行われて、全校児童の前で大きな声で発表をします。

また、キリスト教教育の学校なので、朝や夕方、食事の時には「お祈り」をするのですが、

その時々の出来事や想いを含めたお祈りの文章を子どもたちが考え、声に出します。

さらには、「ファミリー」と呼ばれる縦割りグループで様々な活動を行うのですが、

お互いに協力しあって取り組む活動が多く、その時々で、子どもたちは意見を交わします。

 

この写真は、タイキが2年生の時の、音読発表会の写真です。

みんなの方を見て堂々と、発表をしています。

 

普通の学校と比べて、発表の場が格段に多い小学校で過ごす6年間…

特に、成長著しい小学生の時期に、たくさんの成功と失敗の経験を積めたことは

彼にとってかけがえのない財産になりました。

 

上の写真は、タイキが中学1年生の夏に参加した、インドネシアへの研修旅行での一コマです。

 

北海道の中学生が10名選ばれ、全額、主催団体の費用負担で(個人負担はゼロで)

インドネシアに10日間行ってきました。

 

この選抜試験も、10倍を超える倍率でしたが、彼は唯一の中学1年生で合格しています。

(他は皆さん、3年生でした)

 

選ばれたポイントは、面接だと感じています。

 

親の私が言うのもなんですが…タイキは、大人と一対一でしっかりと話せる子どもです。

普通の中学生と比べると、面接で、しっかりと面接官の話を聞き、話すことができました。

彼の特長は、三育小学校の母体である、教会の会員の皆さん(大人)との関りを通じて

築かれた部分が大きいと思っています。

 

三育小学校は、土曜日午前中に行われる教会での礼拝を、授業の一環としています。

 

そこでは、教会に通ってくる大人のかたたちと様々な交わりを持ちます。

一週間の出来事を話したり、一緒に歌ったり、祈ったり、食事をしたり。

 

大昔なら、近所の大人たちと、子どもとの関りは多かったのでしょうが…今は全然ないですよね。

でも、三育小学校には、今も、温かな大人たちの見守りがあるのです。

そういう中ですくすく育ったタイキは、大人と話す時に自然体で、自分を素直に発揮できます。

 

 

もうひとつ。

 

彼の人生に大きな影響を与えているのは、「神様」です。

 

彼自身が今、キリスト教を信仰しているというわけではないのですが…

小学校の6年間を通じて、彼の心には、絶対的な存在として「神様」がいます。

 

今回のプレゼンテーションコンクールの前、彼は「神様に祈って」いました。

 

神様が自分を見守ってくれているという安心感は、緊張をとります。

また同時に、集中力を高めます。

 

私たち夫婦はキリスト教信者ではないですが、

一人っ子の彼に、神様という存在と出会わせてあげられたのは本当に良かったなと感じています。

 

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さみだれに書きましたが、卒業から約2年が経ち、様々な場面で、息子を函館三育小学校に通わせたのは正解だった!と思っています。

 

これから小学校に入学するお子さんをお持ちの方は、ぜひ、函館三育小学校を選択肢のひとつに加えてみてください。

 

おすすめです!

 

また1年間、ブログを放置してしまいました…

皆様、ご無沙汰しております。サカグチです。

 

ひょんなことでブログを思い出しました。前回の投稿は1年前!そして、入院中に書いたもので、「その後、どうなったんだ」と思われた方もいるかもしれません(すみません)。

 

まず、私はすこぶる元気にしております。

 

自分が手術をしたということは、すぐに忘れてしまいました。

 

と、いうのも…退院から2日後の早朝、北海道胆振東部地震が発生しました。函館は震度5弱、さすがに目は覚めたものの、体感としてはそれほど大地震ではなく、揺れによる被害はありませんでした。が、地震によって生じた停電…これは、人生初の経験でした。結果的に丸2日間の停電でしたが、「1週間くらい停電するかも」という情報もあり、電気がない中での生活や仕事の目途をたてることに苦労しました。

 

また、私は函館市の観光サイトなど、観光客への情報発信を請け負っています。ノートパソコンや携帯の充電がどんどん減っていくことに焦りながら、情報収集し、なぜか繋がらないサーバーへのアクセスを何度も試みて情報発信をしました。

 

それから、風評被害対策に動きました。地震直後、函館への観光客は激減しました。地震の翌日に五稜郭タワーに登ってみたら…観光客の方は2人くらいしかいなくて、このままだとどうなるんだろう、という危機感が募りました(市内の道路や建物の被害は全くなく、中心部は当日のうちに停電も復活したのに・・・函館も地震で大きな被害が出ているという誤解があったので。) 私は息子を助手に、急遽、市内の映像撮影を実施。「函館の元気」を発信するプロモーション映像を作成し、Facebookで発信したのです。

 

その後、函館市観光部とも協議した上で、拡大版の映像を作成し、多言語でも発信。この取り組みはNHKでも特集していただいたり、台湾の新聞で取り上げられたりして、地震後の風評被害対策のお役に立てたと思います。

(このPRにあたっては、旧知の別府のホテル経営者の方からアドバイスいただいたり、東京で活躍する高校時代の友人が拡散に協力してくれたり。多くの方の助けが得られて、心から感謝しています。)

 

…そんなこんなで、退院直後というのに超ハードワークをこなしました。

術後の経過が良かったのと、本来は、体を休めようと思って9月中旬までアポを入れていなかったので、地震関連業務に集中することができました。良かった、良かった(笑

 

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この1年は、公私ともに充実していました。

 

実は、1年ぶりにブログを読んで、驚いたところです。入院中に書いていたこと、達成できていました。自分ではブログは忘れてたんですが…無意識化で働いてたんですね。

今年は以前よりも、家族との時間を増やすことができました。青森や高知に旅行したり、函館のイベントに家族で参加したり、息子の野球の試合を見に行ったり。食事の時にも家族三人であれこれと話が盛り上がって、楽しいです。息子は思春期に突入してたまに小さな衝突はあるけれど、今まで同様に良く話し、その内容も多岐にわたるようになってきたので、夫ともども、彼との時間を楽しんでいます(あと少しだと分かっているから、余計に大切な時間ですね)。

シンガポールにすむ、大学時代の旧友にも会いに行きました。シンガポールのヘッドオフィスに勤務しながらアジア各国を巡る彼女のパワフルさにとても刺激を受けました。

台湾にすむ、私を「母」と慕ってくれている若い友人の赤ちゃんにも会いにいけました。早くも、おばあちゃん気分。今も、FBで成長の様子を眺めて、その可愛さに癒されています。

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ここ数カ月は嬉しいことにご依頼案件が多くて、キャパオーバーを感じています。組織を増強するのか(そのためには値上げが必須)、それとも「仕事を断る」というスタンスを持つとか、何か、「変革」する必要性を感じています。
いや、変革、しなきゃな。
ここにこう書いておくと、1年後には何か変革できているかもしれないから書いておこう(笑)

変革、します!

ということで、思いだしたので久しぶりにブログをアップしてみました。

次に書くのはまた1年後かもしれませんが、元気な報告ができるようにがんばります!日々の情報発信はfacebookでしていますので、もし興味がある方はお友達リクエストしてください。

皆様も、残り4か月の2019年をぜひ充実させてくださいね!

 

私は先週から1週間、函館中央病院の婦人科病棟に入院しました。

 

今年に入ってから貧血が悪化し、その根本的治療のために手術をしたのです。

 

子宮は、2つの子宮筋腫や子宮内膜症、ポリープもあったので全摘。

卵巣は、左側に嚢腫ができてたので摘出。

ついでにガン化のリスクを減らすために卵管を取りました。

おかげさまで手術は滞りなく終わり、2日目からは徐々に体を動かすことができ、

術後4日目の今日は直立して歩けるようになりました(直後のサルのような前屈姿勢から、ヒトらしくなってきました:笑)

 

入院前に、自分が一番Web検索したのは「持ち物」と「痛み」のことです。

明日の退院まで時間があるので、

いつか、どなたかのお役に立つべく、私のケースをメモしておこうと思います。

 

 

【役にたった持ち物】

 

◆ストロー 

 術後20時間くらい、体を起こせないときに便利でした。

 私の手術は昼過ぎまでで、翌朝までは水を飲むのがNG。

 でも、口の中が乾いたり、気持ち悪かったりしたので、

 定期的に看護婦さんにコップ&ストローで水を含ませてもらって、口をすすぎました。

 そのたびに気分がすっきりして、生き返った気持ちになりました。

 (中央病院の1階にはローソンがあって、いろんな種類のストローが売ってます。

  術後、口をゆすぎたいと看護師さんに言ったら「ストローはどこですか」と言われました。

  手術前に用意して、分かりやすい場所に置いておくといいと思います。)

 

◆延長コード

 私の個室では、枕もとの上のほうに電源口があり、不便でした。

 2m位の延長コードを持って行って手元に電源口があったおかげで、携帯充電、パソコン、DVDプレーヤーなどの使用の際に楽でした。

 

◆アロマの小瓶

 入院する前にはアロマを持っていこうなんて思いもしなかったのですが…、

 入院した後、産婦人科病棟の独特の匂いが気になってしまって。

 私は母を子宮肉腫で亡くした経験があり、匂いでその時の辛い記憶が蘇ったんです。

 夫に「柑橘系のアロマ」の小瓶を持ってきてもらい、枕もとのティッシュに数滴たらしました。

 精神的にすごく助かりました。

 

◆ポータブルDVDプレーヤー&レンタルDVD

 中央病院には2018年9月現在、Wifiがないので、ネットで映画を見ることが難しく。

 入院前日に、ツタヤでDVDを12本借りて持ち込みました。

 入院前日は、2日後に控えた手術に向けて少し心配な気持ちもあったのですが、DVD選びをしてたら旅行気分になって気が晴れました。

 

◆ミネラルウォーター500mlペットボトル

 看護師さんから手術後、便秘防止のために「500mlペットボトル2本以上は水を飲んでね」、と言われました。

 でも、術後2日間くらいはローソンに行くのも辛いし。あらかじめ、5本くらい持ち込んでおくといいと思います。

 病棟デイルームには紙コップ式の自販機はあるのですが、ペットボトルの自販機がありませんでした。なんでかな。

 

◆My枕

 これは個人差あるかもしれませんが、私はMy枕にこだわりがあって。恥ずかしいと思いつつ、持ち込みました。

 たった1週間だけど、されど1週間。My枕で、快適性アップです。

 

◆パソコン&仕事

 術後3日目ぐらいからボチボチ、病室で仕事してました。

 体が動くようになるとやっぱり、暇で(笑

 仕事できたほうが、時間がつぶせます。1時間ごとに病棟内を歩くようにして(癒着を防ぐために積極的に歩くように言われる)、仕事したり、DVD見たり。看護師さんからは、寝っぱなしよりも、座っている時間を作ったほうが、癒着防止にはいいと言われました。

 明日の退院後も1週間はアポを入れてないので、徐々に仕事の時間を増やしながら、体を慣らしていこうと思っています。

 

【痛みについて】

 

私…こう見えて、痛みに恐怖心があって。

出産の時にもわざわざ、無痛分娩の病院を探したくらいです(結果、帝王切開になっちゃったので笑えます)。

なので今回も入院前、どれくらい痛いのかなあ~と想像しながら、諸先輩方のブログを拝見していました。

 

さて、手術からこの4日間を振り返って。

下腹部には、「ちょっと重めの生理痛」を数回感じたくらいで、あとは鈍い痛みがあるくらい。

麻酔や痛み止めを随時使っていくので、心配してた痛みはなかったです。

 

意外だったのは、肩の痛み。

酷い筋肉痛のようなズキズキくる痛みが、術後3日間続きました。

この理由は2つあるらしく、

1.腹腔鏡手術の時に視野を広げるため使ったガスが、上半身にまわり、痛む

2.手術中、腕や肩を拘束されて不自然な体勢をしたことによる筋肉痛

いずれも、「時間が経てば収まるから」と医師に言われ、湿布をもらいました。

その通り、術後4日目の今日はほぼ、痛みはとれてきています。

 

痛みというのは、精神的なものからもくると思うのですが

今回の入院中、函館中央病院のお医者さんや看護師さんからは、温かく献身的な看護をしてもらいました。

何をするにも事前に説明してくれたし、笑顔だったし、優しい声かけで、いつも安心感がありました。

皆さんのおかげで、痛みがやわらいだと思います。

感謝しています。

 

 

●今後について考えたこと●

 

今回の手術を決心したのは6月初めで、スケジュール調整のため、3か月先に設定。

社員の協力もあり、仕事のやりくりをつけることができて、2週間の休みを取りました。

(休みといってもメール見なかったのは手術当日くらいなんですが、アポなしの日を2週間とることができました)

 

やればできるんだなあ、というのが、今の実感です。

 

また、アラフィフに突入した今、家族との時間を大切にしなきゃいけないなと感じます。

特に息子はあと数年で、独り立ちするでしょうし。

息子を含めた家族3人の時間は、意識して創っていかないとなあ。

夫にも今回の入院では、忙しい中、毎日病院に来てくれたり、

いろんな負担をかけました。とてもよくしてくれて、家族の有難さを痛感しています。

 

私たち家族は皆、旅行が好きなので、もっといろんなところを旅したいです。

 

時おり、FBのタイムラインにLCC安売りの案内が来ても「この頃は忙しいから無理かなあ」と思ってスルー。

今日時点で、家族旅行の計画はありません(出張は3つ位あるのにね)。

 

退院したら家族と、次の旅行計画を立てよう。

前から行きたいねと話しているドイツでもいいし、近くて楽しい韓国でも。

シンガポールやマレーシアに住む旧友にも会いたいなあ。

息子がまだ行ったことのない四国でもいいかもしれない。

 

体をしっかり治して、世界のあちこちに出かけていきたいです。

 

 

【私が使う宿サイト AirBNBのクーポン】

 

ここ数年、私は出張や家族旅行の時に、AirBNB(エアービーエヌビー)を使っています。

いわゆる「民泊」と言われる、個人経営の宿を探して予約できるサイトです。

民泊というと怖く感じる方もいるのかな。

 

実際のところ、非常によくできているシステムで、過去に泊まった人たちの評価やコメントからどういう宿なのかが分かります。

ホテルや旅館よりもいろんな個性に満ちているので、私好みの宿を探すのは、宝探しに似た感覚。

うまく見つけると、安くて、居心地のよい宿を探すことができます。

先月、小樽で泊まった宿はホストが親切な人で、1時間くらいおしゃべりしました。楽しかった。

 

AirBNBを使ったことがない、という方は、下記から新規登録してみてください(新規登録=利用ではなく、とりあえず登録のみ)。

最初に利用するときに使える、3700円分のクーポンがもらえるからお得です(金額は随時、変わるかも)

 

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入院中には、家族とお別れする方の姿も見て、私も母の時のことを思い出し、

改めて人生は有限であると感じました。

短い人生ですから、いろんなところに出かけて行って、楽しい経験をたくさんしたいですね!

これからも自分から積極的に動いていきたい、そう思った1週間の入院でした。

 

おお、こんなに長文のブログを書いたのは数年ぶりです…

ご覧くださりありがとうございました。

 

 

ベッドに入ったのですが寝付けないのでブログを書くことにします。

テーマは、これからの夢。

 

1.一年間に3〜4回、海外に行けるようになりたい

旅が好きです。特に、言葉が通じない異国にいる時に、すごく自由を感じます。

新しい景色や新しい食べ物、知らなかった風習などにワクワクします。

そこに行くまでの方法や宿を調べるのも好きです。

 

2.一生、仕事をしたい

年を取っても、誰かに必要とされたいです。何かの役に立ちたいです。

今も仕事は出来てるんだけど、もう少しじっくりやれるといいなあ。

 

3.体を動かす趣味を始めたい

亡くなった母が好きだったフラダンスがいいかな。

健康でいるためにも、何かいい趣味を持ちたい

 

もっと書きたいのですが、なぜかアイパッドか言うことを聞きません。

寝ろってことかな(>_<)

今日は、ここまで。おやすみなさい。

先日、我が社は14期目の決算を終えました。

 

同時進行が好きな自分ですが、それにしても今年は案件が多すぎて

途中何度か、バテそうになりました。

ようやく9月末の今になって、案件が片手で収まるくらいになってきました。

 

そうなると今度は、会社の先行きが心配になっちゃいます(笑

 

「3か月後は給料払えるかな」、って。

こんなことが自然と頭に浮かぶあたり、私も経営者らしく

なったのかもしれません(苦笑

 

まだ現時点は同時進行で仕事を切り盛りしていているのですが

この土日は、金曜日の夜中までの仕事疲れもでて、

のべ5時間くらいしか仕事しませんでした。

さらに今朝もなかなか起きられず、疲れがたまっていることを感じます。

「本当なら、先を見越して営業に出なきゃいけないのにな」なんて

ベッドで寝ながらも思っていたのですが…

 

朝、私をベッドから引き起こしたのは、旧知の経営者からのお電話。

「展示会用の映像頼みたいんだ」

で、慌てて着替えて出社したら、新規のお客さんからお電話。

「市民会館で行う催し物のオープニング映像を依頼したい」

 

こういう時、本当に、継続の力ってすごいなと思います。

 

創業した後の2年、こんなふうな電話がかかってくることは

ほとんどありませんでした。

私や、我が社の存在は誰にも知られてないのですから当然ですが

辛かったですね。

それまで、バンバン電話がなる会社に勤めていたから

落差も激しかったです。

 

おかげさまで、15年。

 

この間に出会った方々や、積み重ねてきた実績(それからなる信頼)は

本当にかけがえのない財産です。

 

実は会社を15年も経営しておきながら

たいして貯金がないのですが(爆

この間ホリエモンも言ってたけど、信頼こそ財産ですよね。

 

今日の頑張りがまた、未来の信頼につながりますから

がんばろうと思います。

 

体をいたわり&鍛えながら。

 

久しぶりにブログを開いてみたら、
前回の記事は「バイオリズム低下中」と書いていました。

いやはや、ご心配おかけして申し訳ありません。

書いた本人はそんなことすっかり忘れており(汗

あいかわらずドタバタと忙しく、しております。


3月26日には北海道新幹線が開業しました。

私は開業イベントでイカール星人の付き添いを務め
塚地さん扮するイカ大王とも共演したりして
微力ながら開業の盛り上がりをお手伝いすることができました。

最近は、津軽海峡マグロ女子会という
青森と北海道の女性まちおこしグループでの活動にも参加。
道南や青森県内にたくさんの素敵な仲間ができて
自分の世界も広がって、嬉しいです。

一方で、この頃は
自分の足りない部分と向き合う機会が多いです。
今週もある場所での自分の話がイマイチで凹んでます…が、

今日の表題にもある通り
理想と現実のギャップを感じるからこそ凹んじゃうんですよね。
これって、理想に向けて階段を登っている最中ってこと。

前向きにいかなくってはねアップ


今週は、札幌の素敵な女性経営者の先輩方にもお会いすることができました。
すごくかっこいい方たちばかりで、惚れ惚れとしました。
彼女たちみたいになりたいなあ。

さて、今年も気がつけば折り返し地点が近づいています。

毎日を大切に、一歩一歩前進していきたいです。
先週がんばりすぎたからか、2週間後締め切りの大きな案件を抱えてるからか、
バイオリズム低下中。

ときどき、こういう状態に陥ります。

その対処としては、適度に、長時間労働します。

今日であれば、朝8時半から夜8時半まで。ちょうど12時間。

普段よりも処理能力が遅いのをカバーすべく、時間を長く。

でも、これ以上、仕事し続けても生産性は低いので、寝る時間を確保。


バイオリズムがMAXで良い時は、徹夜で仕事です!

特に、夜中に企画。

すっごく良い企画書が書けます。



さあて、これから帰れば、10時には寝れるから・・・
しっかり寝るぞ~


来週、バイオリズムが良くなると思うので
その時に備えて寝だめします。


今日もよく頑張った~
突然ですが私、「50歳で海外移住」を計画しています。

正確に言えば、夫と私の「私たち」です。

理由は、楽しそうだから、が第一。

第二に、将来の変革への備えです。

自分が生まれ育った日本は着実に変わっていますが
日本の中にいては、まさに「茹でガエル」。

いったん外に出て自らを鍛えることは必須だと思っています。

子供が生まれる前は夫婦だけで(息子は寮に入ってもらって)と
思っていましたが、生まれてみたらタフな子だったので
一緒に行くのもいいかもしれない、と思っています。


さて、本題はこの後。


私は現在42歳。

海外移住までにはあと、7年ある予定です。


おかげさまで忙しい毎日を過ごしていますが
こんなふうに、飛び込んでくるボールを打ち返すような毎日が
ず~っと続くのはいやだなあ。

やっぱり、自分で考えて、何か仕掛けていきたいです。

7年。

何かを作り出せるだけの時間はあります。


さて、何をやるかな。


最近、ちょっと暇になるとあれこれ、考えています。


今年はこんなことも含めて、ブログの投稿を増やしていきたいと思っています。