普段ゲーム実況を見るのが好きで

最近とある歌手の方がマイクラをやっているのを見るのにハマっている

 

その方がゲーム中に流れたBGMを聴いて

「いい音楽だなー」と言った

 

私は「〇〇さんにいい音楽って言われたら音楽の方も嬉しいね」と思った

 

普段人に対してそんな感情になる事は無いし

そういう事を言っている人を見ると鼻で笑ってしまうような性格をしていた

 

 

多分これは私の中でその方を「いい人」であると認識しているからだと思う

 

本当に良い人かは知らない

でも見てる限り悪口や酷い言葉を言わないし使わない

厳密に言えば言わないようにしてるし使わないようにしてるのかもしれない

 

 

少しこだわりが強めな時があるようだけどそれは個性であり気にならない

 

なぜ個性だと受け入れられるのかは普段のその方の言動から

優しい世界にしたいという気持ちが伝わってきて悪意が感じられないから。

だから完璧な人間はいないよね。と素直に受け入れられている

 

 

それに

こだわりが強めな時があると認識しているのはあくまでも私の認識や感性

 

Aさんから見れば普通に見える

Bさんから見れば私と同じように捉える

Cさんからすればまた別の捉え方をする

 

例を出すなら

何か相手に対して嫌悪感や不快感を抱いた場合

本人に問題があるパターンもあれば捉える方の問題であるパターンもある

どちらに問題もなくただ単に合わないだけかもしれない

 

そしてこれを書きながら気づいたのは私はそんな考えをした事がなかった。

普段これを書く時は多少考えて書いているが

大体思いのまま書いて少しの修正を加える

 

何を言っているのか分からないかもしれないが

自分で捉え側の問題もあるという考えがあった事に驚いた

 

今までは相手が嫌悪感を示せば自分が悪いと思い込んでいた

相手に嫌悪感を抱けばそんな風に思う自分が悪いのかもしれないと思い込んでいた

 

 

文字を書くという事を通して

自分の意識を客観化し冷静に分析できているのかもしれない

 

 

話が大きく脱線したけど

大切にする人を選ぶ。という言葉があるように

口の悪い配信者を見てる時はそれが凄く面白くて自分も攻撃的になりやすかったりしていた

でも今はそういう口が悪いことや人を蔑むような事を聞くと不快になる

それはその配信者の方が悪い訳でもなく私が求める環境が変わっただけ

 

だから優しい言葉を使う配信者を好んでみるようになった

そうすると自分の心も穏やかになる事に気づいた

 

前回の記事にも書いたけど

自分が幸せになれる空間を探す

これは自分にとって凄く大事だなとその歌手の方のゲーム実況を見ていて再確認できた