Yさんは“風”というものがあまりわかっていない。
冬。
外は寒い。風も冷たい。窓をしっかり閉めていても、すきま風が入ってきて寒い。外から風が入ってくると寒いのだ。
Yさんはタバコを吸う時に窓を開ける。タバコを吸い終わり床に転がり、クッションを枕にし、ブランケットをかけ、TVを見る。転がってしまえばしばらくはそのまま。窓は開けられたまま。
私は自分の部屋へ。トイレに行ったり飲み物を取りにリビングへ下りてくると極寒。すきま風どころではない風が窓から入ってきている。Yさんを見ると転がったまま。外の寒さを家の中でも感じたいのだろうか?キャンプ?
立ち上がるのが面倒くさいのだ。立ち上がって窓を閉めるぐらいなら寒いのを我慢した方がマシなのだ。とにかく面倒くさがりなのだ。自分がしなくても誰かがしてくれる事はとにかくしたくないのだ。
開けたら開けっぱなし。
付けたら付けっぱなし。
食べた後の食器も出しっぱなし。
充電のコンセントもスマホ持って行ってるのに挿しっぱなし。
トイレは汚しっぱなし。
たまにあちこちびしゃびしゃでウォシュレット浴びてんのかって時がある。
鍵は極力持ちたくない。
私とCさんで買い物、Yさんもどこかへ出かける時、鍵を持ちたくないので後から出る。もう私とCさんが玄関で靴を履いているのに1階の部屋で着替えながら「僕ももう出るー」という。「待ってくれ」という意味だ。私なら「はーい!気を付けて!」と言葉をそのままの意味で受け止め返事をする。だがCさんは察して行動してしまう。「こういう時はアホのフリすんねん!」と何度言った事だろう。
窓を開けっ放しにしてYさんが寒いだけならいいのだが、私やCさんが風呂に行っている間に窓を開けてタバコを吸う。もちろん窓は開けっ放し。風呂で温まりホコホコで出てくる。さっっっむ!!!!
換気のために5分か10分開けておいて、閉めてから転がればいいのに。転がってしまうから面倒くさくなるのだ。何より自分も寒いだろう。誰よりも暑がりで寒がりなのだから。
夏。
Yさんは明るいと眠れないと言いながら雨戸を閉める。扉も閉める。部屋にエアコンはなし。扇風機もなし。雨戸をしめた方が涼しいらしいが我が家の場合はそう思わない。Yさんの寝ている和室は風が入ってくる。開けている時はカーテンがよく膨らむ。窓を開けて風を浴びながら眠る方が気持ちがいいと思う。私の部屋は和室の隣なのだが夜は風が気持ちいい。夏でも朝方など寒いと感じる時もある。私は8月になった今でも横に羽毛布団を置いたままだ。寒くなったら足だけ入れたりすると気持ちがいい。
朝、ヘアアイロンと鏡台が和室にあるのでYさんが寝ている横で使うのだが、あっつい!!もちろんヘアアイロンの熱さもあるが部屋があっつい!!部屋全体がモワッとしている。途中で自分の部屋に涼みに行く。和室から出た瞬間涼しい。
そして暑い暑いと言いながら起きてくるYさん。Cさんに何度も「開けてた方が風入ってきて涼しいよ」と言われても真っ暗な灼熱の部屋で寝ている。
しかし、毎年ある日突然窓を開けて寝る。そして「開けてた方が風入ってきて涼しいな」という。せやからずっと言うてるやろ!!ほんでそれ毎年途中で気付くんやめぇ!!去年の記憶どこやったんや!!ほんで寝られへんのちゃうんか!!
そして毎晩のように私かCさんに
「今日は風がある」
「今日は風がない」
と教えてくれる。風が珍しいのだろうか?
窓を開けると外から風が入ってきて、部屋の温度に影響を与える、というのがわかってないなぁと毎年思っていたが、今年見ているとここに新たに
風は物を飛ばす
というのがわかっていないみたいだという事がわかった。
Yさんは100か0かみたいなところがある。蛇口の水を出す時は毎回全開。フライドチキンなどを手づかみで食べて手を拭きたくてふきんを濡らす時もものすごい勢い。そして長い。それ以上吸わんて!!
扇風機も主に強。
わかっていないのだなと思う事が立て続けにあった。
最初は先週の金曜日。Yさんは病院から帰ってきて、もらった薬が入ったビニール袋を机の上に置く。扇風機を付けて強に設定。扇風機は机の方を向いている。私はソファに座りながらそれを見て
あれ飛んでいきそうだなぁ
と思った。しかし同時に
さすがにわかるやろう
とも思った。
薬の重さもあり一気に飛んではいかない。少しずつ動いていく。途中、ビニール袋の口の方が扇風機の方を向き、膨らんで風を受けていた。だがまだ頑張っている。その間Yさんは財布を片付けたりTVを付けたりしていた。
(早く片付けろよ!飛んでいくぞ!)
いよいよYさんがビニール袋を触る。
(はぁ〜、良かった)
ビニール袋から薬と薬の説明が書かれた紙を取り出し机に置く。薬をまとめて薬入れに入れる。
机に残されたビニール袋と紙は宙を舞った。
Yさん「わわわわわ!!」
わかるやろ!!わざとかっ!!!ビニール袋と紙を先に片付けろよ!!置いといたら飛ぶに決まってるやろ!!!
一昨日。
Yさんは机に向かって作業中。シフト表か何か。何枚か紙がクリップでまとめられている。机に置かれたシフト表の写真を膝立ちでスマホで撮っている。Yさんの後ろには扇風機が首を振っている。
扇風機の風がまとめられた紙たちをパタパタと動かす。動くものを一生懸命撮ろうとする人。
(止めればいいのに)
Yさんの向こうにあるTVを見ているフリをしながら思った。
必死に撮ろうとするが扇風機が邪魔をする。自然の風なら止む瞬間もあるだろう。風が止んだ瞬間に撮れた素晴らしい写真も世界にはあるだろう。
その風は止まない。切のボタンを押すまでは止まない。待ってても止む瞬間はこない。
見ていると段々おかしくなってきて
(笑ってまうから早く扇風機止めて撮ってくれよ)
と思った。TVを見ているフリをしていたがTVに何が映っていたか思い出せない。
2分ぐらい経ったろうか。やっと扇風機を止め、写真を撮った。
そして昨日の朝。
昨日はCさんは自分の父親、私の祖父の付き添いで朝早くから病院へ。Yさんは遅番なのでYさんが起きるより先に出かけていった。
Yさんの朝ごはんを食卓テーブルの上に。コーヒーは素を作って行ってくれたので私はYさんが起きてきたのでグラスに氷を入れ、素を入れてアイスコーヒーを作った。
今までの現場になった扇風機に近い方の机の上にはCさんがYさんに置いて行ってくれた洗濯した仕事用の帽子、千円札が3枚。
私は見ていなかったが、扇風機を付ける前にYさんが千円札の上に帽子を置いたようだ。Yさんが起きてくる前は並べられていた。
よしよし。さすがに学んだか。
朝ごはんを食べ、コーヒーを飲み、タバコを吸う。Cさんにタバコを吸う時は扇風機を止めるように言われているのだが記憶力のなさに定評のあるYさんは、たまにしか止められない。ワンセットにすればいいなんて考える私の方が悪い。
扇風機は首を振りながらタバコの煙を部屋の隅々まで行き渡らせる。タバコを吸っているYさんとソファに座る私はほぼ部屋の端と端にいて離れているのだが扇風機がタバコの煙をどうぞと言わんばかりに私の元へと運んでくる。お前も受動喫煙させたいのか?煙い…臭い…
タバコを吸い終わり、財布でも見ているのだろうか?TVがあってよく見えない。何かを終え、机の上の帽子を取る。
3枚の千円札が「散っっ!!!」といわんばかりに飛んでいく。
Yさん「わわわわわ!」
何べんやったら気が済むんじゃわれぇ!!紙とか札とかペラペラのもんは風で飛ぶんじゃ!学習せぇ!!
という言葉を、ハニーラテと共に飲み込む。
Yさんはゴルフをするのだが風とか気にしないのだろうか。私は配管工とその兄弟や知り合い達がゴルフをするゲームでしかゴルフをした事がないのだが風向きとかあった気がするのだ。現実ならなおさら風に流される事を考慮し打つのではないだろうか。
台風のニュースをよく見ているが、傘がひっくり返ったり向かい風で進むのに苦労している人を見てどう思っているのだろう。
重力?引力?どこかの神父のせいだと思っているのだろうか。
机の上に置いた紙を扇風機で飛ばす
なんて夏休みの自由研究のネタにもならないだろう。弱と強で飛ぶ距離の違い。何枚重ねたら飛ばないのか等、工夫すればなるかもしれないが千円札を3枚、机に置いて扇風機を向けたら飛びましたって言ったら先生も「それだけ?」と言うだろう。
夏休みの宿題で自由に何か作ってくるというお題で、刺繍の先生である祖母に教えてもらいながら花の刺繍をして持って行ったら先生に「刺繍しただけ?」と言われた私のように悲しくなるのでやめておいた方がいい。
これだからオジサンは嫌いなんだ。