#3 「蒼白な春」

 入学前は青春を期待させるかのように綺麗に光っていたこの自転車も、今では錆ついて全体的に薄汚れている。色落ちしたハンドルを手汗で湿らせながら圭人は必死にペダルを漕いだ。

 ーーどこまで行けば答えにたどり着けるのだろう。そもそもこの世に答えなんて存在するのだろうか。むしろ今の自分には何一つとして問いただされてはいないのかもしれない。

 どんなに路頭に迷おうと、圭人がたどり着ける場所は一つしかなかった。自宅に着いた圭人は億劫な気持ちとともに玄関を開けた。

「ただいま。」

 台所で食器を洗っていた圭人の母が玄関までやって来た。

「おかえり。随分遅かったけどどこか行ってたの?何かあった?」

 いつもなら普通の会話も、今日は妙に圭人の気に障った。

「まだ21時なんだけど?他の子とか普通に22時とかまでバイトしてるから。」

「何してたか聞いただけでしょ……。そんな怒らなくたって。」

 怪訝そうな表情の母の横を圭人は無言で通り過ぎ、階段を上っていった。嫌悪な仲にはなりたくなかった彼だったが、自分だけが大人になることだけが許せなかった。互いにならないと意味がない。そう考える彼の胸は傷むばかりだった。

 自室へと駆け込んだ圭人は、電気も点けずにベッドへと倒れ込んだ。現実が蔓延っているこの部屋の中で、今の彼はそれと向き合える自信が無い。
 スマホの入ったカバンの中から通知音とバイブの振動がシーツ越しに伝わってくる。圭人は寝そべったまま片手でファスナーを開け、眩しく照らすそれを取り出した。
 画面を覗くとくだらない文言で書かれた友達からのメッセージが通知欄を占めている。到底返す気になれなかった圭人は、全てのメッセージを見なかったことにした。
 最近友人に勧められたソーシャルゲームを惰性で続けていたが、彼にはその面白さが理解出来ずにいる。ロボットのように無意識のなか指先を滑らす圭人の脳裏に、ふと春樹の顔がよぎった。春樹との関係もこれと同じであったなら。心の内にある使命感が働いてると考えた方が納得できるような気さえする。
 圭人は何かしらの答えを求めていた。いっそ自分で問いただしてみたい。ただの好奇心なんだと自分に言い聞かせ、あらゆる感情を押し殺しながら、思い切って自ら情報を収集し始めた。

 検索した画面の中には怪しいサイトが名を連ねている。決して拒絶していたわけではなかったが、改めてそれを自認することへの気持ち悪さが胸を締め付けた。閲覧していく中で、ある掲示板が圭人の目に留まった。
 恐る恐る見てみると、そこには出会いを求める多くの男性の写真が貼られている。様々な年齢層、容姿、文言がそこにはあった。
 不信感とともにスクロールしていくと、一人自分と同い年の男の子を見つけた。少し幼い風貌と整った顔立ち、身長は圭人よりやや低かった。

『同年代の友達が欲しいです。メール待ってます。』

 短い文章ではあったが、彼の憂えるような瞳に圭人は妙に惹かれていた。思わず彼のアドレスをドラッグし、コピーした。
 メールを開き新規メッセージを作成するまで、感情よりも早く動く指先に圭人は冷静さを失っていたことに気づいた。必死に落ち着きを取り戻し改めて考え直そうともしたが、既に圭人の意思は固まってしまっている。
 素早く綴った本文に迷いは一切無かった。しかし送信を押す迷いだけが彼の心中を渦巻く。情報化社会の中で孤独なんて感じない。それでも確かに繋がりを欲していた。しかし、繋がってしまえばもう今の自分には戻れないような気さえする。

 ーー明日の朝……だと遅い。若さを言い訳にすればいい。血迷うことも青春……。

 震える指先で圭人は送信を押した。