小梅(年少)幼稚園選びに大迷走中。


小太郎の肺高血圧は成長に伴い徐々に正常化し、主治医には「お姉ちゃんの保育園もokだよ」と言われ、ちょうど1年前に今の保育園に入園し、復職した。


いざ入園すると、先生たちの雰囲気は明るく、重度の食物アレルギーを持つ小梅の除去食やエピペンなど危機管理もばっちり。唯一の学びである音楽や英語も遊びの要素が強く、とても楽しそうな内容だ。


だけど、全く馴染まない。

入園してから1年間、波はあれど毎朝登園を嫌がっている。毎朝毎朝、「今日は早めに迎えに行ける日だよ」「保育園がんばるグミを食べながら行かない?」「園までアンパンマンごっこしながら行こう!」色々と声かけを工夫し、なんとか登園させてきた。


我が家は自宅で小太郎のケア(最近酸素が外れたが、今も浣腸や頻回なおむつ交換がある。そして小太郎は精神面が赤ちゃんなので頻回に泣く)のために夫婦交代で勤務をしており、どちらかは必ず在宅している。(最近小太郎も別の保育園に入園した)


小梅も言葉が達者になり、論理的思考になり、子供騙しが通じなくなってきて、「そんなに嫌なら」と保育園を休ませ私か夫のどちらかが2子をみることも増えてきていた。

いざ休ませたら休ませたで、年齢もありイヤイヤも強いし、小太郎のお世話をしていたら嫉妬で怒ったり、小太郎の受診に連れて行くとこっちも余裕がなくなることも増え、本当に困っている。


今の保育園が合わないのか?

性格的な問題で、様子を見た方が良いのか?

旦那と話し合う日々。


20222月(入園5ヶ月ごろ)転園しようか、といくつか幼稚園見学へ。しかし、当時の担任の「小梅ちゃん慣れてきてて笑顔が増えてるんですよ」の言葉と、小梅の口から友達の名前が出るようになり、転園させるのは焦りすぎでは?と考え直す。結局転園せず、様子を見ることに。


担任は、明るくしっかりしてる一方でちょっとイライラが強そうな若い保育士さん。

最近になり小梅が、「特に瞑想の時間が嫌だ。昼寝の時に姿勢のことを注意されるのも嫌だ。担任の◯◯先生はよく男の子に怒っている。保育園変わりたい」と明確に嫌な理由と転園希望について訴え始めたのだ。

瞑想、昼寝の姿勢、担任。

この3つが娘の主な不快要素だと明らかになった。


うちの園は、仏教系ではないものの、数分という短い時間の瞑想が毎日あり、閉眼を強要される。小梅曰く「目を瞑らない男の子を先生が怒ると、自分が怒られてる気持ちになって辛い」のだそう。

また小梅は、1歳児から昼寝の際、寝入るまでの数分間、体を強くつっぱる癖がある。小児自慰といって病的なものではないらしい。指摘するとますます悪化するらしく、私や夫は何も言わず様子を見ていたが、保育園では「ちゃんと上向いて寝ようね」自由な寝方ができないようで、本人はそれが苦痛らしいのだ。


また、小さい保育園なため、年少から年長まで各1クラスずつしかなく、年長まで担任が同じという可能性が十分あり得る。小梅は繊細なくせに主張が強いので、今お世話になっている若くて気の強いタイプの先生よりもおおらかなベテラン先生が合うのではないか、とも考えている。



毎朝、登園時は何か決心したように諦めたように保育園に入る小梅。

迎えに行くと「ママやっときた!」と周りも見えず一目散に駆けてくる小梅。

小太郎の精神面や身体面の障害を考えると、私や夫の死後は小梅にかける負担も大きいかもしれないと思い、娘に残すお金を増やしたくて働いてる。

だけど、見えない未来のために、大嫌いな保育園に朝から晩まで預けて辛い思いをさせる意味って・・?

仕事していることに罪悪感すら感じている。仕事は楽だ。同僚と楽しく話したり、ゆっくり昼ごはんも食べれる。娘はその間、私の迎えを今か今かと待ってるの・・?


もう仕事を辞めても良いかもしれないと思ったが、先日、今の園の担任と園長、保育主任に口頭で今の娘のしぶり具合や本人の訴えを伝えた。

「小梅ちゃん、結構ニコニコ過ごしてるから意外ですね。瞑想は無理する必要ないですよ!嫌な子がいるのはある意味普通ですもん。

私たちは娘ちゃんのこと大好きだから、一緒に卒業したいなあ」と先生方。


そうですか、と曖昧に頷き、園長たちの言葉を娘に自宅でフィードバック。

「え?私のことを先生たち大好きなの?じゃあお部屋に会いにきたら良いのねー」と淡々と話す娘。

たしかに、、ほとんど接触なのに大好きと言われても実感ないよね。子供って冷静というか残酷というか、面白いですね。



もちろん子供にもよるけれど、娘の場合、ある程度の社会性もあり、1人だけ瞑想を離脱するとか、先生ということに反抗するとかできないと思う。だけど瞑想や昼寝の姿勢まで指示されるのはつらい。ある意味自然な、子供ながらの葛藤なのだと思う。

そこまでの気持ちを一人一人推し量ってくれ、というのは保護者のわがままだろう。


私は転園を決意した。


②につづきます。