発症した日のことは忘れられないですね~
私、もともと体が弱くて 中学校休みがちだったんです。
で、高校受験のときに公立の受験は内申が不安 と担任に言われ私立を専願することにしました。
でも私立ってお金かかるじゃないですか・・・
うちはお金がある家庭ではなかったので、自分なりに調べて 看護学科を受験することにしました。
病院奨学金制度を利用すれば、他の科よりも安くで学校にいれる!!!(その後お礼奉公で決まった年数勤めなければならない)
祖母が看護師だったためものすごく安易な考えで看護学科を受験しました。
入ってからは、課題課題課題・・・
課題漬けの毎日でした。
それまでなにをしても続けることができなかった私にとってかなりストレスが溜まっていたんだと思います。
3学期
毎朝電車通学で朝5時には起きなくてはいけませんでした。
課題が多い日には深夜2時就寝・・・
気づいたら毎朝学校に行くとき泣いていました。
そしてまた気づいたら授業中も泣いていました。
ティッシュとゴミ箱抱えながら授業受けたこと覚えています。
そんなある日、学年主任で看護技術の先生から心療内科に行くことをすすめられました。
学校から、先生に連れて行ってもらいました。
問診、検査、診察を受けて・・・・
先生から
「パニック障害でしょう」
と言われました。その時はよくわからなかったです。
そのまま早退することになっていたので、病院に母が迎えに来ていました。
悪いことをしたわけではないのに、なんとなく顔を合わせるのが気まづかったです。
祖母は看護師と書きましたが、長年精神科で勤めていました。
精神科にいるから、理解があるというのはそんなことなくて
祖母の口癖は
「うちの孫たちにおかしい子がいなくて本当によかった」
でした。
誰もが思う綺麗ごとじゃない本心なのでしょうが、自分が診断された以上
「おかしい子」の仲間入りをしたようで受け入れることはできませんでした。
母の顔を見て
お父さんになんて言うのかな?(祖母に育てられた父なのでやっぱり気にしてしまいました)
とか
おばあちゃんにお母さんは怒られるのかな?
とか
そんなことを考えてまた泣いていました。
その時 私の目尻は泣きすぎて、拭いすぎて、赤茶色く爛れたようになっていました。
母に
「もう泣きなさんな!」
と帰りの車で怒鳴られたことを覚えています。
その日は祖母には内緒にして父にだけ報告しましたが、
「だから何?」
みたいなリアクションで、夕食がとても静かでした。
その日初めて 抗不安薬をのんで眠りにつきました。
いつおちたかわからないくらいよく眠れました。
これが発症した日のことです。
同病、周りに精神疾患がいる方、その他の方で気分を害した方がいらっしゃたら申し訳ありません。
次回の更新は、近況報告か、今回の記事の続きを書きたいとおもいます。