銀行で働いていた頃は本当に様々なお客様がいて








私も人生の学びになったことがたくさんあった








中でも一番印象に残っているお客様がいた











しかしそれは学びというものではなく、多分この先もずっと忘れられない体験である











そのお客様は、関西からこちらへ仕事の都合で引っ越してこられた方で







最初に私が接客したのだが






関西弁がとても爽やかで、挨拶の声も大きくて覇気があり

瞳の奥がキラキラと輝いていた







『口座作りたいねん!新しく仕事始めんねん!よろしくな!印鑑と免許証あればええか?』





みたいなこと言っていた気がする







テキパキと口座開設し通帳を作り、その人にお渡しすると






『ありがとさんっ🎵』






という感じでルンルンで帰っていった






つなぎの作業服を着ていたので、設備関係のお仕事かな?と勝手に想像した。

勤務先はそんなような社名だった気がする







これから新しい土地で一旗あげるでー



みたいな、心境だろうか






そんな印象を受けて、なんだかこちらまで嬉しくなり勝手に応援したくなった














そして、その後2年ほどは、その人は窓口に来ることはなかった






キャッシュカードも作ってあるので、きっとATMでお金をおろせればわざわざ窓口に来る用事もないのだろう








そんなこともすっかり忘れて更に1.2年過ぎた頃‥









久しぶりに朝イチでその人が来店してきた








9時の開店で銀行のシャッターが上がり始めた瞬間に、仲間らしき人達とゾロゾロと店内に慌てた様子で入ってきたのだ







とても急いでいるらしかった








窓口があっという間にどこもいっぱいになり







その人は私の窓口に来た







その時の顔がとても印象に残っている












瞳が死んでいるのだ











私はその瞬間



『みてはいけないものを見た時の目だ』



と思った








瞳の奥が震えていて、焦点が合っていないような









濁っていてまるで正気がない







この3.4年の間に



何があったんだろう







とてつもない苦労をしたとか、死にそうなくらい嫌な目にあったとか‥とにかく、常人の目ではなかった






濁っていて、血走っている








最初に会った頃の輝いた瞳はもうどこにもなかった



あの時の青年はもうどこにもいなくて






目の前にいるのは、淀んだ瞳を隠すように必死で話す中年男性だった







『あんな、すぐにキャッシュカード作って欲しいねん。なくしてんか。どないしたらいい?印鑑はあんねん』





キャッシュカードを再発行して欲しいとのことだった。





しかも、他の2人も同様にキャッシュカードを紛失し、再発行して欲しいと言う。






3人とも朝一番で同じ手続きをしに来たようだ







3人とも急いでいて、慌ててそわそわしている







3人のうち1人は、片足を引きずっていた









何か事情があるのは明らかだったが、黙って何も聞かずに手続きを進めた







絶対に聞いてはいけないということは明らかだった







その人が持ってきた印鑑は登録されている印鑑と違っていたので、新しい印鑑へ変更して、その後にカード再発行の手続きをした









かなり時間がかかったが、なんとか終えると




『カードいつ届くん?』




と聞かれたので



『1週間から10日ほどかかります』





と説明したら、

『なんでもっとはよできんねん!!』







とでも言いたそうな表情を浮かべながら







『‥そうか。ほなよろしく』









と言って慌ただしく帰っていった









おかしい。絶対おかしい。なんかあったんだ。








ずっと気になっていた









でも、その3人が帰った後も同僚やパートさん、誰ひとり今起きたことについて何も触れなかった






いつもなら、お客さんのことをあーだこーだいう上司ですら、黙ったまま自分の仕事を再開している













あの瞳‥








人間、あんなに変わってしまうものなのか‥






何があったらあんなことになってしまうんだろう








あんなに希望に満ちていたのに‥





私はどんどん悲しくなってきた






あの瞳は、見てはいけないものを見た時の目だ









あの人が自分の息子だったら


どんなに切ないだろう








そんなことまで飛躍して考えてしまう










そして家に帰り、翌朝








ニュースで、地元の建設会社の社長が殺されたという速報が流れていた








県外のどこかで遺体で見つかったらしい




 




犯人はもう捕まっていて、その犯人というのは
















昨日、窓口に来ていた3人全員だった










そのうちの1人が、主犯格で







私が接客したまさにその人だった









報道によると








彼らは数日前に住み込みで働いていた会社の社長と息子を殺害し、






遺体を埋め








その足で銀行へ行き、キャッシュカードの再発行の手続きをしていったらしい










3人は社長と息子に心身ともに支配されており、逆らうことができず、通帳と印鑑、キャッシュカードも取り上げられ、給与もろくに支払われずに暴力を振るわれたりしていたらしい










私は箸が止まって









食事が取れなくなった













その後の裁判で







3人のうちの私が接客したあの人は、裁判で死刑が確定し









今もまだ拘置所にいる



















あの瞳













私はいまだに忘れられない