君が観た俺のホワイトアルバム 5 | 玩具のダイアリ ~日々をつづる~

君が観た俺のホワイトアルバム 5

『非常口の蛍光灯』は不必要だし、それ以前に目に映らない。
彼のみが持っている色彩感覚。
作品を観る。
彼と他人のギャップ。
そんなものは、つきつめてしまえば、色盲でなくたって往々にしてみんなが感じている事だ。
発する側と受けとめる側とのギャップ。
よくある話じゃないか。

自分が『異常者』であるという自覚はない。
自然だ。

林檎は赤くない。
女のワンピースはぼんやり。
スターバックスは緑でない。
血は赤くない。
コカコーラの看板は赤くない。
焼き鳥屋の赤提灯が赤くない。
郵便局は赤くない。
どいつがサンタクロースなのかわからない。
千代田線はあんまり使わないから特になんともない。
『JR』が緑色でない。
ブラジルの国旗がよくわからない。
黄金町で買う女の唇が赤くない。
サージェントペパーのジャケットがカラフルでない。
アカセンが赤くない。
マルボロが赤くない。
iPodの電池表示が緑色でない。
それが無くなりそうな時赤くない。
ベンジーのギターが赤くない。
メンソールが緑色でない。
女の唇も赤くない。
丸ノ内線を『M』で判別。
わけもわからずマゼンタ
を混ぜんだ。


世界。
彼にとってあたり前の『林檎が赤くない』世界。
そこに『異常』という概念の入り込む隙間はない。
異常と正常の境界線上に立って眺める。
自分が『色覚異常』であるとか『色盲』、
その
『異』

『盲』
の含むマイナスのイメージをも、眺める。
観察する。

彼は純潔なる傍観者だ!!





内田。