上祐氏が修行に入ってからの事だったと思うが、烏山の施設で上祐氏抜きで会合をしていた時に、次女と三女が会場に現れた。私は事件以前は彼女らと接する機会もそれなりにあったが、それ以降はほとんど会う機会もなかった。松本家は教団とは無関係ということになっていたから、施設に堂々と出入りはできなかった。だから突然予告なしに彼女らが登場した時は驚いたが、また大変嬉しくもあった。
グループディスカッションをしているときに、次女と三女はグループを回って話をしていた。彼女らが何を語っていたかは今は覚えていないが、彼女らのエネルギーや雰囲気に強く感じるものがあり、「やはり血統が一番なのだ」というようにその時は思ってしまった。
しかし、その時はいまだに松本家に対して幻想を抱いており、そのような意識状態で彼女らと接すると、当然あるがままに見ていない状態であるから、正確に物事をとらえてはいない。だからやはり松本家が一番である、弟子は所詮弟子である、という考えになってしまっていた。これは自分自身で考えたり行動することを放棄し、松本死刑囚や松本家に何とかしてもらおうという、甘えの構造があるように思う。またかなりゆがんだ物の見方をしているから、真実からどんどん遠ざかってしまう。そしてこれでいいのだと思いこんでしまっているが、自分の思い込みから抜け出すのは容易なことではない。この悪循環に陥っている現役の信者は、相当数に上ると思われる。
私は松本家が一番である、という幻想から抜け出すことができたが、しばらくはその考えに取り付かれていた。しかし、次第に本当にそうなのだろうか?と考え始めた。これは教団以外の人と接したり、考え方に触れていたのが大きいと思う。自分の固定観念に疑問を持つことができたのは大きかった。