吉野 一道さんのFB記事から  2020/08/14

 

『見学会』
(1) 相手を活かして自分も活かすのが「自利利他(じりりた)」。
幸せになる道であると仏教は教えています。
自分さえ良ければ他人なんかどうでもいいのが我利我利(がりがり)」。
不幸への早道であると仏教は教えています。
 
(2) こんな話があります。
 ある男が地獄と極楽の見学会に参加しました。
① 最初は地獄へ行きました。
ちょうど昼食の時間です。
食卓の両側に、罪人がずらりと並んでいます。
「地獄だから、食事は粗末なんだろうな」と思ってテーブルの上を見ると、豪華な料理が山のように盛られています。
ところが、どうしたことか。
罪人は皆ガリガリにやせこけています。
「何故だろう」と思って、改めてよく見ると、彼らの手には長い箸が握られています。
1メートル以上もある長い箸です。
罪人は、その長い箸を必死に動かして、ごちそうを自分の口へ入れようとしますが、入りません。
イライラして怒りだす者もいます。
それどころか、隣の人が箸でつまんだ料理を奪おうとして、醜い争いが始まってしまいます。
 
② 次に、男は極楽へ向かいました。
夕食の時間らしく、極楽往生した人が食卓に仲良く座っています。
料理は地獄の料理にも劣らない豪華な山海の珍味です。
「極楽の人はさすがに皆ふくよかで肌の色もいいなあ」と思いながら箸に目をやると、地獄と同じように1メートル以上もある長い箸です。
「地獄と極楽はどこが違うのだろうか」と疑問に思いながら、夕食が始まるのを眺めます。
謎は直ぐ解けました。
極楽の住人は長い箸でごちそうを挟むと、「どうぞ」と言って、自分の向かい側の人に食べさせます。
向かい側の人はにっこりほほえみながら、「ありがとうございます。あなたは何がお好きですか」とお返しに食べさせます。
男は「なるほど、極楽の人は違う」と感心します。
 
(3) 同じ食事を前にしながら、地獄では俺が俺がと先を争い、あげくの果てにお互いが傷つけ合う。
極楽では相手を思いやり、相手からも思いやられ、お互いに食事を楽しむ。
どちらが幸せでしょうか。
今日も良い日でありますように🙂

 

 

編集後記   まずは与えよ!!
 

サイバー空間情報局。   発行者 感謝教教祖 高澤 光夫