【楽欲を潰せ
楽欲は、食欲・性欲・睡眠欲より下品な欲、なんと排泄欲より下だ
この動画で、人生を過ごす器は実はそんなに大きくない、いわばペットボトルのフタくらいじか、人生の器はない。そのフタの周りで、フタから落ちそうな緊張感をもって生きるのか、それともフタのど真ん中で安心した人生をすごすのか、と鷹さんは語っている。私に言わせてもらえば、人生の緊張感をとるか、それとも安心を取るかだ。まさに、マスクをしている人間は安心をとっている。安心は実は安全ではない。フタの周りにいることを選択した人間だけが、安全なのだ。】囚人には自由はありません。起きる時間、食事の時間・内容、入浴も毎日はできません。作業もしなければなりませんし、独居房ではそれすらできません。いかなる選択権もありません。しかしながら、健康的な起床時間、入眠時刻、入念に計算された栄養価の食事、禁煙・禁酒などによって、安心と健康を同時に手にいれることも事実です。堀江貴文さんは逮捕されて最高裁判所が上告棄却し、懲役2年6ヶ月の実刑判決が確定し、2011年6月20日に、長野刑務所へ収監されました。釈放されてからは、体がスリムになり、非常に健康そうな顔色・体型になりました。またあれだけIT界の寵児と言われていましたが、刑務所では当然PCもスマホも出来ませんから、とてつもない量の読書をしたことも有名です。でも、この経験が堀江さんのその後の人生の幅を広げたことは事実です。つまり、刑務所にはいって、落ち込むとか、恨むとか、復讐の選択をしたのではなく、そこで出来る最良の選択をしたことで、わたしは今でも冤罪だとおもっていますが真相はさておき、刑務所に入ったことすらメリットに代え、民間で初のロケットの打ち上げにも成功してしまいました。
人生は運によって決まらず、選択によって決まる。
我々は自由です。
そして日本は世界でも最も自由な国です。
あの自由の国アメリカですら、共産主義思想が日本の戦前のように弾圧されており、1950年代に起こったマッカーシズムによって、「共産主義者である」との批判を受けたアメリカ合衆国連邦政府職員、マスメディアやアメリカ映画の関係者などが攻撃・弾圧されています。
しかしながら、日本ではその共産党もなんと旧田中派で元自民党幹事長の小沢一郎氏と連携までするようになりました。
30年まえどころか10年前でも考えられません。
そして一市民がどの政党を支持しているかなどを宣言したところで、就職が不利になったり解雇されることなどありません。
北朝鮮はもちろん、民主化した(はずの)中国ですら言論の自由はないのです。
日本国民が陛下の悪口を言うことすら可能です。
戦前でしたら不敬罪で取り締まれました。
まさに、現在の我が国は本当に世界一自由な国、言論の自由天国なのです。
ですから、いかなる選択も可能です。日本には選択権があり、それ故どんな選択をしても、自己責任なのです。
歯ブラシをしないもの自由ですし、それで虫歯になるのも歯周病になるのも自由。
風呂に入らないでシャワーだけで暮らすのも自由。それで末梢循環不全で冷え性になっているのも自由。
甘い物をどれだけ食べても自由。それによって、腸内細菌叢が崩れて免疫状態が悪化したりうつ状態や癌に罹患しやすくなっているのも自由。
遺伝子組み換え食品を売るのも買うのも、それを知らないのも自由。
食品添加物まみれの食品を摂り続けて癌になるのも精神が侵されるのも自由。それが関係ないというのも自由。
休日にだらだらねつづけるのも自由。
それによって、体内時計がこわれることも、体内時計が壊れて睡眠障害になることも、睡眠障害によって体のみならず心の健康も壊すことになっても、それによって仕事が嫌になって、産業医に相談して仕事を休むのも辞めるのも自由ですし、自分が所属する会社に忠誠を尽くさないのも自由です。
今の日本は共産主義政策満点の労基法で余りにも従業員が強すぎます。
本来企業と従業員は恋愛関係と同じであり、『わたしのこと愛しているなら、宝石ちょうだい』『わかれるなら、プレゼンとしたのと同じ金額を返せ』というのがさもしいのとおなじで、本来、信頼関係を金や物で要求しない関係であったはずです。
ところが、人生はその主人公である自分に全選択権の責任があるにも関わらず、その人生が上手くいっていない人に限って「運が悪いからだ」「就職したときはそうは思わなかったから」「職場の人間関係がうまくいっていないから、上司がわるいから」「まさか、倒産するとは思わなかった」などと言います。
つまり、自分の想定している以外のことが起こった場合、自分が選択権を放棄しているにも関わらず、『運が悪い』という無茶苦茶な解釈をするのです。
人生は全て毎日が選択にだけよって実行されています。
朝起きる時間を何時にするのかも自分の選択。
靴を右足から履くのも左足から履くのも自由。
どの服をきるかも、どんな化粧をするかも、自動販売機でアスパルテームどっさりの清涼飲料水を飲むことも、コンビニ弁当のプラスティック容器をコンビニ特有の1500W などの高出力レンジでビスフェノールA(BPA)などの発がん物質を大量につくってしまい、しかもこれを食べてしまうなど、刑務所とは違い、全て選択権は自らにあります。
だから、刑務所にるときの方が健康であったり、真面目であったりするわけは、本来ないはずです。
ハイエクが言う通り、本来は自由であることによって、良質な選択をすることが可能なはずです。
一方、刑務所とは、罰と労役を与えられるところです。罰を与えられた人の方が、体と心の調子がよくなっているようでは、普段の自分の選択が間違えの連続である、と証明しているようなものです。
断食道場で断食をするのも選択ですが、道場になど行かなくても断食など簡単にできます、食べなければいいからです。
健康のために断食をしているのに、病気になったらリ〇ビ〇ンDなどのブドウ糖とカフェインのカタマリを飲んでしまう。
その、間違えた選択をしてしまうのは、
『楽欲』という欲です。
楽をしたい、電車で椅子に座りたい、病気や障害もないのに階段では無くてエスカレーターで上りたい、勉強をしたくないからしない、挨拶をするのがめんどくさいので見えないふりをする、料理をするのがめんどくさいので、こどもに毒素たっぷりのコ〇ビニ弁当をチンしてあげてしまう…。
駅始発の電車の椅子取り合戦などは、楽欲の象徴的なものです。
実は、楽欲は、食欲・性欲・睡眠欲より下品な欲です。
排泄欲より下です。
排泄は恥ずかしいことは会っても、しなければ死ぬからです。
食欲はあって当たり前、食べなければ死ぬからです。
性欲もなければ、種族が途絶えます。
植物だって受精して種ができますし、原始的な単細胞物でも、接合といって、細胞同士がくっついて遺伝子を少し交換します。
性欲は種族の遺伝子を交換するための行為です。
どんなにドスケベなことを想像しても、口に出さなければ何の問題もありません。
どんな変態行為でも、お互いのカップルがそれを望んでいるのなら、なんの犯罪にもなりません。
睡眠欲がなければ死んでしまいます。
睡眠中に副交感神経が働き消化器が活発に働き、松果体と海馬で記憶の選別をおこない、生きるために必要な情報を側頭葉にためます。
生きるために必須の情報を記憶するためには睡眠が必要だからです。
しかし、楽になるための欲望は、何一つ人間にとってよいものは有りません。
自分が楽になるために電車の椅子取り合戦をし、自分よりももしかしたら疲れれている人、もしかしたら妊娠しているかもしれない人、もしかしたら障害のあるかもしれない人を差し置き、自分が楽になるために椅子をとる、という戦争をするのです。
今日、勉強をさぼれば楽ですが、将来に支障をきたすかしれません。
今、体をきたえなければ楽ですが、早く老化や寝たきりを来す確率が上がります。
いま、人間関係がいやになって職場放棄すれば、労働基準法では赦されるかもしれませんが、家族や子供の将来に迷惑をかけます。
楽欲を選択しないことが、実は運が良くなることです。
人の悪口を言わないことも、楽欲の禁欲です。
『人の不幸は蜜の味』という、最低の諺がありますが、人の不幸=楽して自分がその人より上に上がる、という史上最悪の楽欲だからです。
悪口を言ってはいけないのは、自分の遠い将来のためなのです。道徳でも倫理でもルールでもなく、単に自分自身の為なのです。
常に、選択権は自らにあり、運のいい悪いなどは存在せず、ましてや生まれや育ちなどよりも、遙かに選択した結果に依存して人生は決まるのです。
楽欲を選択するから不幸になるのです。
編集後記 怠け者の私にはたいへんきつい内容です!!
サイバー空間情報局。 発行者 感謝教教祖 高澤 光夫
