2020・01・28  吉野 敏明さんのFB記事の紹介紹介。 

  

【吉野院長のつぶやき、記念すべきその100‼幸せになりたければ計画せよ。幸せは待っていても絶対に来ない。むしろ、幸せを待っている『受け身』でいることは、真に望んでいるものを得るチャンスを逸するだけでなく、真の幸福を得る機会すら奪う。兎に角計画せよ、洞察せよ。】多くの人が受け身の生活をしています。いまのシーズンは受験シーズンですが、合格を待つのも受け身です。寒いからといって春を待つのも受け身。恋の告白をしてその返答を待つのも受け身。月末の給料を楽しみにまっているのも受け身。受け身の生活をしている人の特徴は、常に不安であったり、常に悲しかったり、常に怒っていたり、嫌いな人がいたり、嫉妬したり、またその怒りや嫉妬ことを許せない人です。これらは、怒り・悲しみなどの喜怒哀楽なので、まったく違う状況にみえますが、実はすべて同じ状態です。そう、異論があるかもしれませんが、実は

 『全く同じ状況』

 なのです。
 
 これらに共通することは、すべて

 『洞察力がない』

 という状態なのです。

 洞察力とはなんでしょう?

 それは、先を読む思考、未来を想像して考える行動です。

 心理学者のロバート・エブスティンが、30か国の三千人から調査したところ、最もストレスを減らす方法は、休憩でもバカンスでも趣味でも有給休暇でもなく、なんと計画することであることを発見しました。

 これは、わたしたちは日常的に体験んしています。

 テスト期間中に、テストが終わったら何をして遊ぶか計画したり、もうすぐ夏休みになる前に夏休みにどこに遊びにいくか計画したり、ディズニーランドにいくまえに、ディズニーランドにいったらどのアトラクションから始めるかを計画するなど、なにかしているときに計画をするとワクワクすることは、子供のころからたいけんしています。

 旅行にいっているときよりも、両行に行く前のほうが脳のα波がでていることもしられています。

 人はみな、自ら能動的に計画をすると、わくわくして楽しいのです。

 結婚前は、結婚後の生活を計画してみんなドキドキワクワクしていますが、結婚してしまうと、イライラして時として離婚までします。

 それは、計画を放棄して受け身の感情で暮らすからです。

 なぜイライラするか、悲しくなるかといえば、何をこれからするのか洞察する=計画する、を放棄して受け身になったからに他なりません。

 ひとは、洞察力を身に着ける=計画をすると、ストレスから解放されるのです。

 ストレスから解放されるのは、休憩でも有給休暇でも、カラオケにくのでも、ドライブにいくのでも、呑みに行くのでもなく、ブランド品をかうのでもなく、覚醒剤を打つのでもないのです。

 洞察力を発揮する=計画をするとき、人はストレスから解放されて幸せになるのです。

 いくらタバコを吸っても吸ってもストレスが収まらないから、ニコチン中毒になる。

 いくらパチンコをして勝っても、またやりたくなるのはパチンコ中毒。

 ブランド物を買っても買いあさっても止められないのが買い物中毒。

 アルコールも覚醒剤も痴漢も全て同じ。

 ところが、旅行の計画やテストが終わった後の遊びの計画などは、中毒にならにのに幸せになります。

 そう、洞察は副作用がないのです。

 なので、上テスト期間中はテストがおわったら何をするかを計画する=洞察することで、ストレスを回避し、勉強に集中できるのです。

 心理学者のミハイ・チクセントミハイは、十代の若者がテレビを視ている時間の満足している時間はたった13%、趣味をしているときの時間はその時間の34%、スポーツをしている時間では44%しか満足していないことを示しました。

 これも、能動的に洞察しなければ、満足度が少ないことが分かります。

 テレビを見る、は究極の受動姿勢です。

 趣味はやや能動的ですが、自分ひとりの世界なので洞察がありません。

 たとえば、ビアノを引く、手芸をするなど、クリエイティブではありますが、『いったい何が起こるのかわからい状況を予測する=洞察』は皆無です。

 その点、スポーツはだいぶ洞察をつかいます。

 例えば、野球であればピッチャーは、「あの打者を打ち取るためには、次はどこにどんな種類の球(カーブ、シュートなど)をどのような速度で投げようか」と洞察します。

 それ以外にも2塁には逆転のランナーがいる、あるいはこの試合が優勝をきめるしあいになる、など超多数の可変定数があり、答えはでませんから、その瞬間瞬間の状況判断力にすべての感性(五感)をもちいて分析します。

 スポーツは究極の洞察力のせめぎあいです。

 だから、試合に勝っても負けても面白い=満足度が高い、ので、普段会社に行くときはギリギリまで寝ているのに、日曜日の草野球になると、朝早くからでかけるのです。

 さて、普段の生活に戻ると、喜怒哀楽のある人ほど、まったく洞察力をつかっていないことが分かります。

 満員電車で足を踏まれたので、腹が立つ。
 
 腹が立ったので、足を踏んだひとに喧嘩を売る

 喧嘩をしたら、駅員につかまって警察につかまる

 警察につかまったら「足を踏んだあいつがわるい!」という

…さて、ここに野球の試合のような洞察は皆無です。

盗塁するかもしれない→足を踏まれるかもしれない

喧嘩をるうる→傷害罪になるかもしれない

あいつが悪い→そもそも、注意を払わないで電車に乗っている自分がわるい

 同僚が陰口を言っているのを聞いて悲しくなるのも、同僚が悪口をいっている近くにいかなければよいのです。

 いつもその人が陰口悪口をいっていることが分かっているからです。

 だれも私の気持ちが分かってくれないので、悲しい…

 そもそも、だれも他人より自分の方が大事なのです。そんなことも洞察しないから、常に悲しいのです。

 天気は予測する=洞察、地震も予測する=洞察、でも

 相手の感情や対応は予測しない=おおくの普通の人

 だから、喜怒哀楽ができてしまい、悩むのです。

 自分のことすら洞察しないひとが、他人が洞察してくれないから、怒る・悲しい・悔しいなどおこがましいのです。

 趣味の草野球で洞察するのではなく、普段の人間関係に洞察をつかうのです。

 すると、ロバート・エブスティンが言ったように、ストレスが回避されるのです。

 そして、夏休み前に夏休みの計画を立てるように、人生も計画をたてると、ストレス回避されてワクワクするのです。

 そして、計画を立てずに受け身でいると、真に望んでいるものを得るチャンスを逸するだけでなく、真の幸福を得る機会すら奪われてしまうのです。

 これが、電車で足を踏まれて警察に捕まるの理論です。

 悪気があるとかないとかではなく、洞察があるかないかの問題なのです。

喜び・怒り・悲しみ・嫉妬・不安

これらは、何かがあったことに対する単なる反応の感情です。

洞察・臨機応変・いなす・かわす・状況判断・勘

これが、事前に計画する感情です。

川がいつも氾濫する川辺に暮らしていて、川が氾濫して家が流れて悲しい、堤防を作らない自治体がわるい、修繕費をよこせ、生活費をよこせ…

本当にそうでしょうか?家が流れるのならまだしも、家族が死ぬかもしれないのですよ!

洞察があるのなら、まず安全なところにすみ、危険を回避するのです。そして、人生は一回しかないのですが、そんな下らないことで自治体や政府を訴える訴訟などをしていると、お金もかかりますし、そもそも人生とう有限な時間を大幅に失います。

それが、受け身でいると『真の幸福を得る機会すら奪われてしまう』と、わたしが冒頭でのべたことなのです。

もし、それができないのであれば、氾濫するまえに自治体にそれを伝えて対策をしてもらうくらいはできるはずです。家族が死んだりしたら、訴えても命は返ってこないのですから。

受け身より、計画。

スポーツや遊びで計画をしている暇はありません。人生そのものを計画すると、時間創造を生み、ストレスがなくなり、満足度が上がるのです。

繰り返します。

幸せになりたければ計画せよ。幸せは待っていても絶対に来ない。むしろ、幸せを待っている『受け身』でいることは、真に望んでいるものを得るチャンスを逸するだけでなく、真の幸福を得る機会すら奪う。兎に角計画せよ、洞察せよ。

 

 

編集後記  計画を立ててみましょう!!

 

サイバー空間情報局。   発行者 感謝教教祖 高澤 光夫