吉野 敏明 のfb記事から     2020/4月5日 17:05 · 

 

【よしりん の子育て四訓】
皆さんご存知かと思いますが、アメリカンインディアンの子育て四訓という、有名なものがあります。一、乳児はしっかり肌を離すな。一、幼児は肌を離せ手を離すな。一、少年は手を離せ目を離すな。一、青年は目を離せ心を離すな。さて、これだけなら坊さんの説教です。これをよしりんお得意の医学と発生学から説明します。新生児~3歳までは、実は子供は自分と母親の区別がついていません。そりゃそうです。ついさっきまで、お母さんのお腹の中に居たのですから。お腹と仲と言っても別の魂がお母さんのお腹にいたわけではないです。お母さんの子宮とは、つまりお母さんの内臓。胎盤もお母さんの内臓。胎児は眠ることも起きることもなく、瞑想状態にいます。そして、排泄も胎盤と臍の緒を通じてお母さんの血液の中に排泄物をいれ、それをお母さんの肝臓で解毒してお母さんの腎臓で尿として捨てるのです。栄養もお母さんが食べたものを小腸で吸収し、これを肝臓でブドウ糖やコレステロールにし、これを原料にして赤ちゃんが出来上がるのです。そう、つまり胎児とは、魂こそ別人格ですがお母さんの内臓そのものなのです。これが出産によって命綱である臍の緒を切断され、命綱が切れた悲しみで赤ちゃんは泣くのです。

赤ちゃんに痛みはありません。

出産のときの母親の陣痛が、母親の脳からβ-エンドルフィンという幸せホルモンを分泌し、母親の痛みによって臍の緒を通じて赤ちゃんにもβ-エンドルフィンが入りますので、赤ちゃんは多幸感と別れを同時に感じながら産まれるのです。

そして、3歳まではお腹がすけばミルクが来て、排泄すればおむつを取り替えてくれる。

お風呂も着替えもすべて母親を中心として誰かがやってくれます。

そう、だから3歳くらいまでは、子供は自分と母親は一体だと思っています。

それが、どうも別の人間だ、と気が付き、わざとウンチ!とかバカ!と悪いことを言って叱られて、別人格であることを確認するのが第一次反抗期なのです。

それまでは、絶対に母親と子供は一心同体である、という安心感を与えなければならないのです。

これが『乳児はしっかり肌を離すな』の意味です。

『幼児は肌を離せ手を離すな』は第一次反抗期の後の事。

この時期に、肌を離さないと、一生誰かが自分の面倒をみてくれる、という勘違いを刷り込んでしまいます。

それが、女優の三田佳子氏の子供です。

つまり、この育児のミスが子供が40歳を超えても起こっているのです。

『少年は手を離せ目を離すな』とは、子供の性の目覚めと、異性の親との決別を意味します。

女の子が胸が大きくなって来たり、生理が始まったりすると、父親とお風呂に入りたくなくなります。

同様に、おちんちんが大きくなることを、母親に見られるのを男の子は恥ずかしがります。

そう、15~18才くらいの第二次反抗期は、異性の親との決別を意味します。

そうやって、生物学的に近親縁者との結婚を避けるようにプログラミングされているのです。

第二次反抗期をきちんと迎えないと、子供を虐待する人間になったり、あとで述べる第三次反抗期を迎えられない人になります。

よく『うちの子は反抗期がなかったのよ』などと自慢げに話す人がいますが、大間違いです。

高校生の娘とその母親が手をつないで買い物をしたりするのは生物学的に大問題なのです、もちろん30歳の娘と55歳の母親でもおなじです、ダメ。

その次は30歳で迎える第三次反抗期。これが自分が育った『家』から自立する、家との決別です。

野生動物なら、生後6か月くらいが第三次反抗期です。

野良猫などは、生後6月位になると、子猫を威嚇したり、噛みついたりして追い出します。

そうやらなければ、狩猟によって生きていくことが出来ないからです。

人間に近いチンパンジーでも10歳くらいには第三次反抗期を迎えます。

人間は、精神の成長が、それ以外のすべての動物に比べて異常に遅い生物なのです。

第三次反抗期を迎えない人間は、引きこもりになります。

なので、50歳になっても無職で親の年金で生活したりするのです。

この第三次反抗期を迎えていない人間は、絶対に第二次反抗期を迎えていない人間です。

そして、第二次反抗期を迎えていない人間は、第一次反抗期がなかったのです。

つまり、50歳の人間の運命を決める最初のポイントは、如何に『乳児はしっかり肌を離すな』を親を中心とした周りの大人がこれをしっかりやったか、なのです。

これはペットも同じです。

もう一度言います。

一、乳児はしっかり肌を離すな。
一、幼児は肌を離せ手を離すな。
一、少年は手を離せ目を離すな。
一、青年は目を離せ心を離すな。

 

編集後記  子育ての知恵

 

サイバー空間情報局。   発行者 感謝教教祖 高澤 光夫