
久しぶりのブログ更新になります。皆さん暑い中どのようにお過ごしでしょうか?さて、今回はインゲン豆について語りたいと思います。
インゲン豆はマメ科でツルありとツル無しがあります。主なインゲン豆料理は煮豆、甘納豆、ぜんざい、餡、フェジョアーダ(豆と豚肉や牛肉を煮込んだブラジル料理)などがあります。
原産地はメキシコなどの中央アメリカやアンデスで、古代アステカ帝国では乾燥させたインゲン豆を国に納税することもあったようです。やがてコロンブスによりヨーロッパに伝わるとはじめは知名度が低かったのですが、やがてギリシャではソラマメ中毒対策の健康食品として、そして特にフランスでは熱心に豆料理の開発が進んでヨーロッパではフランス料理は豆料理というイメージが広がりました。
さらに16世紀末に中国(明国)に伝わり、17世紀には明国出身の隠元和尚により日本に伝わりました。この時代日本は江戸時代初期なのですが中国では明国が滅んでラストエンペラーで有名な清国が中国を征服する混乱期にありました。(清国は元々満洲の北方民族の国)
そんな戦乱で荒れ果てた中国で活動していた隠元和尚は日本にスカウトされます。なぜなら日本ははるか昔の遣隋使・遣唐使の時代から中国文化に親しんでいたので今は無き明国のすごい人やすごい文化を自分のものにしたかったからです。
来日した隠元和尚は黄檗宗を開いたり、煎茶、明朝体、木魚、椅子と机(テーブル)などを日本にもたらしました。その際持ち込んだ豆がインゲン豆と名付けられましたが、実際にはフジマメだったという説もあります。
隠元和尚が持ち込んだ豆なので「隠元豆」なのですが他にも隠元菜、隠元豆腐、隠元鍋、隠元漬、隠元禅師、隠元忌、隠元衣、隠元頭巾、隠元帽子、隠元布団、隠元やかん、隠元国師、隠元大師、隠元流(書道)など様々な隠元〇〇がもたらされました。まさに江戸時代初期は隠元和尚ブームだったようです。
いかがでしたか?インゲン豆どころか明朝体やテーブルと椅子での食事など隠元和尚のおかげで私たちの身近な世界が作られてるのに思いをはせながらインゲン豆を美味しく食べてみませんか!