こんにちは、森田です。

 

日に日に暑くなってきました。

今日は夏至ですね。

 

最近、

夜寝る頃には暑くて、

朝方寒いので、

私は寒暖差アレルギーの鼻炎が出ます。

 

みなさんは、いかがでしょうか。

 

 

 

これは、国立駅近くにある鉄道総研に展示してある新幹線ひかり

 

 

 

 私は私、あなたはあなた

 

今回は、ちょっと真面目に、心のオハナシ。

 

 

みなさんは、

人に気を遣うほうですか。

遣わないほうですか。

 

人に気を遣ってばかりで疲れてしまう人や、

人の世話ばかりやいて、

自分のことは後回しになってしまう人に、

ちょっと過激な詩をプレゼント。

 

 

ゲシュタルトの祈り

 

私は私のことをする。

 

お前はお前のことをする。

 

私は何も、お前の気に入るためにこの世に生きているわけじゃない。

 

そして、お前も、私の気に入るためにこの世にいるわけじゃない。

 

お前はお前、私は私、

 

もし我々が、お互いに出会うなら、

 

そりゃあ、すばらしいことだ。

 

もし、出会わなかったなら、

 

そりゃあ、しかたのないことさ。

 

 

 

 

 

どうですか?

 

素っ気無いなあとか、

水臭いなあとか、

思いませんか。

 

ほったらかされたような気分になりませんか。

 

私がこの詩を初めて読んだのは、

心理学を学び始めた20年前です。

 

当時、

うわ、アメリカン!

クールだな、と思いました。

 

映画好きだった私は、

欧米の映画をよく観ていましたが、

その時に感じる違和感と心地よさの両方が、

この詩に表れているなと思いました。

 

映画の中での欧米人は、

しつこいくらい自己主張して、

ぼくときみは違うね~とはっきり言いながら、

仲良くしているのが、

さっぱりして気持ちいいと同時に、

心ではしっくりこない感じがありました。

 

ですから、この詩を読んだ時、

<これ、できるようになると、楽だろうな>

<素っ気ないな。友達なくすんじゃないか?>

と、私は思いました。

 

 

この詩は、ゲシュタルト療法を創設した心理学者

フリッツ・パールズによるものです。

(ゲシュタルト療法は、1950年代に創設されています)

 

 

パールズは、

他者へのしがみつきや、

他者を操縦しようとする努力を

未成熟の顕れだとして、徹底的に排除し、

自立、自律性、自己責任の確立をセラピーの目標としてかかげました。

 

 

 

空気を読み合い、

気を遣い合うことを美徳とする(してきた)

私たち日本人の多くには、

パールズの詩はとても過激に

思えるのではないでしょうか。

 

空気を読むことを第一に考え、

人の顔色を読むことばかりにエネルギーを使っていると、

 

あなたは、あなた自身の人生を生きられなくなります。

…という意味の詩なのです。

 

 

とはいえ、

私は私、

あなたはあなた、

と、孤立することを勧めているわけではありません。

 

詩の後半の、

「出会うなら」

の部分には、

人との関係の必然性が表されていると思います。

 

 

私は私、

 

あなたはあなた、

 

そして、その間を繋ぐのが

言葉、コミュニケーション、やりとりです。

 

 

気を遣いすぎるとか、

空気を読みすぎる、

自分のことより人のことばかり考えている、

という人は、

この詩を時々読んでみるのはいかがでしょう。

 

しがみつきでもなく、孤立でもない、

ほどよい関係づくりの方法が見えてくるかもしれません。

 

 

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

 

カイロスでは、人間関係の悩み、夢実現の悩みに、カウンセリングを提供しています。

 

 

心の健康に、子どもの本の紹介をしています。今回はトットちゃんです。