カーテンの隙間から
うっすらと日の光が差し込む



遠くから鳥の鳴き声…



バイクの音…



子供たちの笑い声…



翌朝、ふと目を覚ますと
時計の針は7時半をさしていた



まだボーッとする
頭のなか…

ぼんやりと昨日の出来事を
思い出す



悪い夢でも見ていたのか…

なんて思いたかったけど



体の感覚と共に少しずつ
蘇ってくる記憶



夢だったらどれだけ幸せ
なんだろう…



紛れもなく逃げることのできない
現実であった



疲れていたのか一度も起きずに
こんな時間まで眠ってしまっていたようだ



重たい体を起こしてリビングへ向かうと
昨日の荒れ果てた部屋からは
想像もできないくらい
すっかりに綺麗に片付けられている

 

キッチンの流しの端の方には
割れた花瓶がキッチンペーパーで
ぐるぐる巻きにされビニールに
入れられていた



本は本棚にきちんと整頓してあり
私の撮った写真は
元々入っていたクリアボックスの中に
すっきりとまとめられている



こだわりのリモコンの置き位置だって
完璧だった



だけど

すっかり片付いた部屋と引き換えに
臣の姿はどこにもない



テーブルの上には
簡単な朝ごはんが用意されていて
メモが一枚



"これだけは絶対食えよ!"



多くを語らない所が実に臣らしいなと
少し口元が緩んだ



軽くラップに触れると
まだ少しだけ温かい



本当に朝まで
一緒に居てくれたんだ…



臣の優しさが
心に沁みて
また少し涙が出た…





私、いつからこんな弱くなったんだろう



滅多に泣くことなんて
なかったはず



もっとしっかりしなくちゃ
いけないのに…



一人で立派に立てるように…

これからも顔を上げて歩んでいけるように
ならなくてはいけない



必死に自分で自分に
言い聞かせた






"昨日はどうもありがとう…"



改まって送るLINEは何だか気恥ずかしくて
なんて送ったらいいのか
少し戸惑った



結局はたいして愛想もない
絵文字もない
シンプルな文章を送信した





お母さんの事は
やっぱりかなりショックで
到底すぐに納得して
理解できるものではなかった



だけどこればかりは
受け入れるしか無い



あまりに辛すぎる現実



だけど…
私がいくら目を塞いだって

時間は刻々と
過ぎていくんだ…



お母さんは今
どんな気持ちでいるんだろう…



病気のことを知って
余命を知って
今、何を思うんだろう…



臣はああ言ってくれたけど
私に会いたいだなんて…

そんな事本当に思うのだろうか



私はちっとも
良い娘なんかじゃなかった



お母さんの望むような
娘にはなれなかった



小さい頃から散々親の喧嘩を
嫌ってほど近くで見てきた



たくさん罵り合って
傷つけあって
それなのに父から離れることが
出来ずにいた弱い母



離婚して
二人暮らしになってからも
すぐにまた彼氏を作った



結局男がいなければ
母は1人では生きていけない




そんな弱い母が
嫌だった



信じて依存して呆気なく
裏切られて



借金まで肩代わりさせられて
母は現実から逃げた…



施設の費用だって毎月嵩む中

母に代わって肩代わりした
借金を返すために
私は水商売をしながら返済を続けた



汚いことだって
沢山やった



とにかく生きていかなきゃ…



必死だった



自分の夢や
やりたい事なんて言ってる場合じゃないと
現実を悟った10代…



全部諦めて
生きてきた私の人生



施設に預けた時点で
私は母のことを捨てたようなもの



いやっ、違う



完璧に捨てたんだ…



だから余命を聞かされたからって
簡単に許して会いにいく事なんて
出来ないんだよ…








ふぅ…っと
不意に深いため息が漏れる



少し熱めのシャワーを浴びて
仕事に行く用意をした…