こんにちは (*'▽')
ケアアナリストの たかはしひろみ です

ひつじ雲がきれいな秋空。
金木犀のほのかな香りが漂います。

ちょっと自慢してしまいますが、
最近、わたしはよく「美人になったね」と言われることが
多くなりました
メイクを変えたわけでもないし、
何か特別なことをしているわけではないのですが・・
いったいそれはどうしてでしょう
その答えはわたしにもわかりませんが、
心当たりと言えば・・これかなぁ・・

実は、わたしは常日頃、かなり意識していることが一つあります。
それは「いま、自分はどんな顔をしているか」ということです。
「顔」と言っても、かわいい顔立ちとかきれいなメイクとかイケてる顔
ということではなく「表情」です。
朝、目を覚ましてから、
夜、眠りにつくときまでと言っても過言ではないくらい、
人に会っている、会っていない関係なく、
ひとりで過ごすときにも、
自分の「いまの表情」を意識して過ごしています。

どちらかというと、鏡に映った自分の顔や姿を確認することではなく、
自分の意識として見るので、
他者から見た目線で自分の姿を見るように心がけているんです。
こういうのを「離見の見」というのですが、
「常に人に見られている意識」と言うほうが、
分かりやすいでしょうか。

なぜわたしがそういう意識を持っているかというと、
誰から見ても感じの良い人でありたいと
常に思っているからです。

以前、この意識がない状態で人と接したとき、
自分は特に不機嫌なわけでもないし、不愉快なわけでもないのに、
相手にはそういう態度に見えたようで、
心配かけたり、不愉快な気分にさせてしまったことが
何度かありました。

介護を受けている方は、介護者の顔をよく見ています。
その顔から敏感に気持ちを察して、
過度なまでに気を使う方がいます。
そういう介護者へのいらぬ「気遣い」は、
精神的な負担感を増す「気負い」や「気兼ね」と言うのではないかと
その時に内省したんです。
それでは、お互いに心からの親しみや信頼を寄せるのは
難しくなってしまいます。

だから、わたしは常に「自分がいまどんな顔をしているのか」を
高く意識して、
緊張感を与えない顔をするように心がけています。

意識すればするほど、表情が強ばって
不自然な表情になってしまうことがあるかもしれませんが、
例えば、ちょっと口角を上げるということを意識してみると
いつの間にか不思議と気分も上がるんです。

「心(内)にあるものが必ず身体(表現)に表れる」
という言葉を聞いたことがありますが、
わたしが意識して人と関わるようになってから、
もうずいぶん経ちますが、
周りの人に親しまれる実感が多くなっただけでなく、
深まりも感じることが多くなりました。
そして、褒められることも


自分が何をどう意識するかで、
すべての循環はプラスにもマイナスにも変化すると思います。
いい循環を望むなら、まずは自分が些細なことに高い意識を持つことから

もしかすると、これがわたしを美人さんにしてくれたのかもしれませんね


 こんにちは
ケアアナリストの たかはしひろみ です。

もうすっかり秋ですね
わたしが一番好きな季節の到来です。
なぜなら、ニット帽やブーツなどの秋冬ファッションアイテムが楽しめるから
さっそく箱に閉まっておいたアイテムを今週末にでも出そうと思います。

さて、秋にはよく「芸術の」とか「味覚の」などという言葉がついてきますが、
日頃から読書をするわたしは、
なぜかこの季節になると、無性に絵本が読みたくなります。
絵本と言うと、子供の読み物と思いがちですが、
逆に、わたしは大人になってから買って読むことが多くなりました。

そういえば一時期、絵本作家になりたいと憧れたこともあったな。。

絵本というくらいなので、紙面いっぱいに絵が描かれていて
文字が大きくて少ない。
形式にとらわれない文字の形や大きさ、絵の自由な色使いと線。
ストーリーの展開。
難しい言葉や説明もないし、細かい描写もされていないので、
読む人の自由な世界観でストーリーが広がる。

わたしが絵本を読むときに意識するのは、
できる限り純真無垢に近い状態で読むことです。
とは言っても、そうはなかなかなれませんけど、
雑念を払うというか、余計なことをいちいち考えないで読むんです。

そうして絵本を読んでいると、
とても簡単な言葉や表現に気持ちが動くことを実感します。
これを感動というのでしょうか。
描かれている言葉や絵がストレートに心に響いてきて、
見えている絵本の中身と自分の世界がいっしょになって
大きく広がる感じがします。

またその一方では、
成長するに従って、起きている物事や見聞きした情報に対して、
考えなくてもいいことや恐れなくてもいいことなど、
余計なことをごちゃごちゃと考えて、
「なんて思考を複雑にしてしまってるんだ・・」と
思うことがあります。

それから、素直さをどこかに置いてきてしまったんじゃないかと思うことも。
子供の頃のように素直に感情を表出したり、
柔軟な独自の発想を持って自分の理想をイメージすることを
どこかで制御してしまう自分に気付くんです。
あぁ、自分のことさえも素直な目で見れなくなってしまったか・・と

そしてもう一つ、
言葉や表現の自由ということと同時に、
それらの持つ力に気付かされるんです。
だから、言葉は丁寧に選んで使わないといけないんだと。

読む人にいろんなこんなことを気づかせてくれる絵本。

わたしにとって絵本を読む最大の楽しみは、
何といっても「自由な発想と感性を広げられる」ということです。
自分のなかでを色や背景を変えてみると、
一つの絵本がいくつものストーリーに変わります。

大人になったいまだからこそ、
自分の中のストッパーや色眼鏡を外して
絵本を読むことをお勧めしたいです

 それではまた、SEE YOU

 わたしのおすすめ絵本 
  ・100万回生きたねこ (作者 : 佐野洋子さん)
  ・おまえうまそうだな  (作者 : 宮西達也さん)


 こんにちは (*'▽')
ケアアナリストの たかはしひろみ です。

8月に入り、いよいよ夏真っ盛りと思っていたら、
あっという間にお盆が過ぎ・・残暑になってしまいました。
残暑お見舞い申し上げます。

のんびり屋のわたしは、相変わらずのマイペースぶりで
久しぶりのブログになってしまいました


 先日、介護職員初任者研修の講師でお世話になっている
某高等学校の学生さんから、
こんなことを聞かれました。

「高橋先生、どうすれば勉強が好きになりますか?」と。

 (ちなみになぜこんな質問があったかというと、
  わたしが、講義の終了時に質疑・感想を受けた際、
  「今日の講義の内容や介護以外のことでもいいです」と言ったからです。
  高校生らしい質問ですよね


なので、わたしは逆に
「Aさん、ちなみに勉強の何が嫌なのですか?」と聞いてみました。
すると、Aさんからはこんな返事がありました。
「勉強をしてもしても結果につながらない。
 いくら勉強をしても点数が上がらない。」と。
「一生懸命、勉強してるんですか?」とわたし。
「やってます!」とニヤニヤしながら答えるAさん。
そこにもう一度ちょっと動揺させるように、
「ほんとに本気でやってるの?」とわたし。
「やってます!」と今度は真顔で断言したAさん。
「う~ん、だとしたら結果が目に見えてこないのは辛いというか、
 心折れそうになりますよね・・」とわたしが言う。
そして、もうひとつ「それでは、何のために勉強しているんですか?」と。
「・・・・」と黙り込むAさん。

表面では笑顔を見せながらも、
内面では本気で悩んでいたのだろうと感じました。
そして、この学生さんからの質問を受けて、
わたし自身が頭の中で
「勉強することで得られるものって何かなぁ」
ということを考えていました。

自分自身の学生時代を振り返ってみると、
やはりその当時は勉強が嫌いだったし、
「何のために勉強をするんだ!」なんてよくテスト前になると友人間で言っていました。


そんな勉強意欲なんて全くと言っていいほどないわたしでしたが、
社会人になってから、自分の意思で介護教員講習を受講するために
新潟県まで通いました。
平日は仕事をし、土日は新潟県へ講義を受けに行くという生活でした。
新潟県までの移動距離も真冬の凍てつく寒さも凍結した道路も、
それはとても心細かったし、眠かったし、事故の恐怖や不安感はありましたが、
仕事との両立も大変さはあっても、何一つ苦痛には感じませんでした。
それどころか、講義のたびに理解が進むのを実感していくことができ、
毎週末の講義がとても楽しみでした。

わたしはこの時、講義の内容以外に、
自らが主体的に取り組むことで知識の吸収スピードも量も濃さも違うということのほかに、
主体的かどうかで物事の見え方や捉え方、
後についてくる結果もまったく違うということを体験的に学び得ました。
そして、周囲の人たちが温かく本気で応援してくれるということもです。

この経験からわたしが学生さんに言えることは、
勉強の結果(成果)として表れるのは、点数や順位などの数字だけではないと思う、
ということです。

これは、わたしの考えや価値観になってしまいますが、
もちろん成績や順位が高ければ高いほどいいと思いますが、
きっと社会に出てからその数字で得られるものは、
特にこれと言ってないのではないでしょうか。
それよりも主体的に取り組む姿勢というところに価値を置いて見ると、
何事にも積極的であるとか、一生懸命であるという印象を受けるし、
自分なりの価値観を持っているようで「そのひとらしさ」があっていいなと思います。

Aさんが学生時代に本気で取り組んで努力したことは、
いま自分が期待する数字としては表れないかもしれないけど、
やがて将来、「自分は努力してやったんだ!」「全力で頑張ったんだ!」という思いは、
自信や自分の強みとして絶対に残るはずです。
困難に向ってひたむきにやること、
その時踏ん張ってやることは、これから生きていくうえでぶつかるであろう困難を乗り越えるために必要な力になることは間違いないと思います。

Aさんには、わたしのこの経験と考えを話し、
「Aさんが期待している数字の先には、
どんなことが待ってるんでしょうね?」と尋ねてみました。
Aさんの考える様子が真剣でした。
「いつかその先のうれしいことや楽しいことをぜひ聞かせてほしいです」と伝えました。
Aさんが笑顔で「はい」と言うと、
同じクラスメイトが拍手をしました。
一生懸命努力しているけどうまくいかないその姿を見て、
その気持ちがわかったから自然と拍手が起きたんだと思いました。
努力することも、人を応援することもできるクラスなんだと思ったら、
じ~んときてしまいました。(笑)

(Aさんの質問の答えになっただろうか・・)

努力の成果はすぐには表れない、
表れるまでの停滞期にその努力を続けられるかどうか試されてるんだ。
そして、その姿を誰かが必ず見ていてくれる。

そんなことを思い、わたし自身がこれまでを振り返り、
いまを見つめるいい質問を与えてもらいました。

それでは、また。
SEE YOU



 こんにちは
ケアアナリストの たかはしひろみ です(*'▽')

 暑い日が続きますね。
太陽の日差しが突き刺すようです。

昨日わたしはセミナーを受講しに出掛けていたので、
大切にしている植物に水やりができず、
帰宅したときには、植物がしょんぼりしていました

今朝は早起きして涼しいうちに水やりをしました。
水をあげた瞬間、すぅーっと浸透していき、
それまでしおれていた植物が、
数分後にはシャキーンと上を向いて元気な姿に変身っ!


それを見てたちまちわたしにも元気が湧いてきて、
「やらねば・・と思いつつ後回しにしていたことをやる」
というスイッチが入り、朝のうちにひとつこなすことができました。

自分のやる気スイッチがどこにあるのか知っていると、
気持ちがのらない時や、
そのことから逃げてしまう時とかにすごくいいですね。

わたしのマイナスのアイデンティティーは、
「イヤなことから逃げ出す」ということですが、
自分の何気ない日常の中に、
実はたくさんのやる気スイッチが隠れています。

元気や勇気を与えてくれる物、場所、人、音楽・・

自分のマイナスなアイデンティティーを

「それは自分の求めている結果じゃない!」
「自分には出来る力があるはずだ!」


と、
いま見えているものに快感情をつなげてバッサリ切ると、
やる気スイッチがバシッと音を立てて入ります。
このエネルギー製造習慣(わたしがいま作った造語

あらゆる物事の質を変えたり、上げてくれることは間違いないですよね


暑さもピークになる8月、
元気に乗り切ります。

それでは、また。
SEE YOU







 こんばんは。
ケアアナリストの たかはしひろみ です(*'▽')

現在外はバケツをひっくり返したような土砂降りの雨です・・


つい最近、買い物に出掛けたときのことです。
あるショップに入ったら思わず立ち止まり、
何て言っているのか聞き耳を立ててしまう曲がかかりました。
よく聴いてみると、とても深い歌詞が耳に入ってきました。

もしかしたら、もうずっと前から親しまれていた曲なのかもしれませんが、
わたしはこのときに初めて聴き、
自分が本当にたくさんの人に恵まれて生きていると思い、
とても胸が熱くなりました。

~ 糸 ~

なぜ生きていくのかを 迷った日のあとのささくれ
夢追いかけ走って 転んだ日のあとのささくれ

こんな糸が何になるの
心許えなくて震えていた 風の中

縦の糸はあなた
横の糸はわたし
織りなす布は いつか誰かの
傷をかばうかもしれない

縦の糸はあなた 横の糸はわたし
逢うべき糸に出会えることを
人は仕合わせと呼びます

song by : 中島みゆき


人間関係って実は複雑なたくさんの糸で織り成されているもので、
いろんな形や色、感触があるんだと思います。

わたしが生きている意味、
わたしの周りの人たちが自分のそばにいてくれる意味を教えてくれるような
とても深いい歌です。

わたしを支えてくれているたくさんの人たちに感謝の気持ちを忘れずに、
これからも笑顔を絶やさず、出会いに感謝して生きていきます。