こんばんは、かっぱです。
昨日、カレンダーを見ていたら、もうすぐ弟の誕生日だなと気づきました。
するとふと、学生時代の誕生日のことを思い出しました。
ちょっと下世話な話に感じるかもしれません。
小学生のとき、仲良しグループの友達4人を読よんで誕生日会をした時のこと。
それぞれの友達の誕生日会も参加して、友達のほしいもの、喜んでもらえそうなものを選んで、私はそれぞれ4人にプレゼントしていました。
私の誕生日のプレゼントは、4人がまとめて買ったプレゼントでした。
幼いながらに、なんで一つなん?
みんなに私はおくったのに。そしてまとめて買ってくれたプレゼントは正直私が送ったプレゼントよりも満足できるものではなかったのです。
なんか損だな。私は1人1人のことを考えてプレゼントをしたのに。私はまとめられて。
残念だな。悲しいな。と思ったんです。
不思議と、誕生日プレゼントは、毎回、私はまとめられてしまってました。中学、高校、大学も。
大学なんてアルバイトをしていたら、友達には、それぞれブランドのものをプレゼントしたのに、
私はまたまとめて友達4人からのイヤリングでした。
その時、私が感じたのは、損だなとかではなく、私が友達を大切に思っている気持ちと
友達が私を思っている気持ちの温度差がかなしかった。私を大切に思ってくれてない。
他の友達には、一つ一つプレゼントしているのに私は何故かまとめてプレゼント一つなんです。
どうして?なんで?そうか!
私はその程度なんだと思ってしまったんです。
偏った考え方ですよね。
プレゼントに気持ちがないなんて。かってに思い込んで。きめつけて。
また物をたくさんもらったら気持ちがある。
まとめられていると気持ちがないという思い込み
物質的な物で自分の価値をきめる。
こうしてくれない=私は大切にされていない。
自分を認めていないから。
自分は大切にされていい人間なんだ。
そう思えなかったから。
そんなことを感じている自分がやらしく感じ、恥ずかしい気持ちになりました。
でも、実は、小さな幼いかっぱは悲しかったんです。
寂しかったんです。
私は愛されていると思えなかったから。
でも友達から愛されていたのに
気づけてなかったんですよね。
思い込みが邪魔して気づけてなかったんだなと。
そんな小さな、幼い気持ち、いじらしい気持ちをもったかっぱを
ぎゅーっとハグしてあげたくなりました。
ヨシヨシしてあげたくなりました。
頑張ってきたね。
なんかずっと眠っていた感情がでて
向き合うことができましま。
学んでいたから
気づけることができました。
読んでくださりありがとうございました😊
感謝を込めて
かっぱ