ハイチとドミニカ 同じ島に存在するが、なぜこんなにも豊かさが違うのか? | まきむく通信(どうでもいいこと書いています!)

まきむく通信(どうでもいいこと書いています!)

ブログの話題として最近は登山記録が多いです。
読書記録とプラモデル、歴史など
あと、LINEスタンプなども作っています。

Since 30.September.2012

カリブ海に浮かぶ、イスパニョーラ島。。。その島には2つの国があるのはご存じでしょうか?

 

東側2/3がドミニカ共和国(首都 サントドミンゴ)

西側1/3がハイチ共和国(首都 ポートフランス)

 

話題のテニス女子の大坂選手のお父さんがハイチ系ということで、ハイチという国を知ったという方もいるかもしれません。

 

 

まず、この2つの国があるイスパニョーラ島は、コロンブスが新大陸を発見した最初の島であるということでも有名で、大航海時代初期のスペインはこの島のサントドミンゴに新大陸運営の拠点(首都・基地)とさだめ、多くの投資を行った。

その後、スペインの衰退に乗じて、新大陸への植民地支配に乗り遅れたフランスが、このイスパニョーラ島のスペインの拠点のある島の反対側(西側)より侵蝕していき、1/3を占領獲得した。(1697年のライスワイク条約でフランス領として確定した)

 

現在の2つの国の状況

<ドミニカ共和国>

面積 48,730km2

人口 10,780,000人

GDP 613億ドル

GDP/1人 12,173ドル

 

<ハイチ共和国>

面積 27,750km2

人口 10,033,000人

GDP 85億ドル

GDP/1人 1,703ドル

 

明らかに、国民の豊かさが違うのである。

 

今回そんなハイチとジャマイカについて、

「歴史は実験できるのか」自然実験が解き明かす人類史

ジャレドダイヤモンド著を読んだのでまとめてみました。

 

ハイチはアメリカ全域のなかで最も貧しい国であり、世界の極貧国のひとつとされる。森林の99%は切り払われて土壌侵食が深刻化している。水や電気、下水処理、教育などのもっとも基本的なサービスですら、政府は国民に提供することができていない。

 

それとは対照的にドミニカ共和国はいまだに発展途上国であるが、一人あたりの平均収入はハイチの6倍に達し、森林の28%が保全され、自然保護に関する包括的なシステムが新世界のなかで最も充実している。アボカドの輸出量は世界三位で、有名な野球選手を輩出していることでも有名である。また、民主主義が機能しており、最近の選挙では現職大統領が破れ、平和裏に引退している。

 

 

このように現在では大きく豊かさが違う、同じ島に存在する2つの国であるが、植民地時代には、現在のハイチにあたる地域はサンドミニクというフランス語名で呼ばれており、アメリカ全域でも群を抜いて豊かな場所であった。フランスの海外投資の2/3がつぎ込まれており、現在のハイチの悲惨な状況とはかけ離れていた。

 

イスパニョーラ島の西側(ハイチ)では長年にわたる独立戦争の影響で経済や社会が疲弊したということもあるが、それでもハイチの方がドミニカよりも強く豊かであった。1822~1844年にかけて、ハイチはドミニカを武力制服して併合している。

 

それが、1900年代の初頭の数十年間でドミニカの経済はハイチを追い抜いたのである。この突然の逆転現象はどうしておきたのか?

実は、それにはこの1つの島を分けて支配した2つの宗主国の影響が大きい。

 

スペインは、島の東側を新世界の植民地全体の首都にサントドミンゴを指定したが、その後スペインの植民地がメキシコや、ペルーなどを獲得するにつれて、スペインにとってのイスパニョーラ島の重要度が相対的に低下した。

 

植民地政策に出遅れたフランスが、手に入れたハイチだが、フランスは他の新世界に投資するに値する植民地を持たなかったために、このハイチとなる地域に集中して投資を行った。その多くはプランテーション経営と金の採掘のために労働力投資。。。つまり大量の奴隷を送り込んだのである。その後、ハイチとなるイスパニョーラ島の西部では人口の85%を奴隷が占めるようになる。一方、東部(ドミニカ側)では奴隷の人口に占める割合は10-15%程度にとどまった。

 

このハイチの植民地プランテーションの建設に際し、大量の奴隷が送り込まれるだけでなく、奴隷船の復路の荷として、ハイチの森林を伐採し木材を母国フランスに送ったというおまけがついた。そのことにより、ハイチの森林は90%以上が伐採され表土が流れ不毛な国土と化しその後の農業の発展に大きな負の遺産を残した。

さらに、ハイチのその後の発展を阻害した要因として、人口の85%におよぶ奴隷たちはアフリカのばらばらに各地域から連れてこられたため母国語が様々であり、彼らのコミュニケーションの手段として、それらの言語がまじりあった(ハイチ)クレオール語という独自の言語を発達させることになった。今日ではハイチ全人口の90%が(ハイチ)クレオール語のみしか話せず、10%がフランス語を話すという状況となっている。

 

ハイチのクレオール語は、その他の国ではまったく使われることがない世界的に孤立した言語といえる。一方、ドミニカ共和国では奴隷の人口が急増しなかったために地域言語は発達することはなくスペイン語が国民全体の共通言語として定着した。

 

他の要因もたくさんあるが、この国民の言語の問題は大きく、現代の海外からの投資の受け入れにおいて、ハイチは大きな足かせとなっている。また、独自の言語をもつアフリカ系人種の国民と政府との信頼関係が希薄であり、さらに海外投資家に対する嫌悪を多くの国民が持っている。(アメリカ地域で2番目に独立を果たした際、フランス政府と戦い多くの犠牲をはらった)

 

なんとも、植民地時代に、どこの国の支配下にあるか?そしてその宗主国の世界運営のなかでの位置づけの違いで、こんな大きな違いとなって表れているという現実。不思議な歴史的実験といえる事例だと紹介されていました。非常に興味深く思いました。

 

 

 

 

どうでもいいこと、毎日更新!
まきむく通信