忙中閑(ぼうちゅうかん)
こころをなくすと書いていそがしいと読む。
いそがしいと心をうしないがちです><
そんな中、いそがしい中にも閑てもんがあるんですよ、
というのが忙中閑あり。
そんなお軸の前に最近ん、chabanaを生けさせていただきました。
5種生けでございます。
この竹花入れは渡辺一耕さんの作だとか。
いちばんのお気に入りのかごです。
やっぱもち手が長くないとね、って思います。
chabanaというと、線を見せ、塊を見せ、
とゆ感じになるのですが、、、
なかなか難しいんですよね。
閑座ということばがありますが、
しずかにじっと座るというより、只(ただ)座する。
無心になって座するというある意味座禅の座のことです。
真実を探求するためには目の前のことに集中しなきゃで、
妄想や空想を捨てさり、雑念をとりはらうことで
真実を探求することをさしています。
真実の瞬間は、スイーツを食しているときは、
その瞬間のみ。味はその瞬間のみ存在します。
あとから想像するのは禅の世界でいうと、
雑念になります。
なので、座禅のときに余計なことを考えてると
渇が入るわけです。
さてさて忙中閑
忙しい中にも真実の瞬間、閑というものが
ある。しずけさはこころの中にあり。
ときをとめるのはジブン。
このブログを読んでいる方も、
きっと時をとめることができるはず。
しごとでもそうです。
何をやらなければいけないか。
たくさんのことが頭の中にごちゃごちゃになっている状態では
ダメで、ただ、ひたすらに書き出せばいいのです。
書き出して、優先順位をつけて、それでひとつひとつ
さばいていく。
いっぱいあって、いっぱいのことをやろうとするから
何もできないのです。
人って、ひとつのことしかできない、くらいに思っておけば
忙しさはなんのその。
目の前のことに集中することにします。
◆スイーツの味は一瞬。
◆あじは食べているときのみ感じるもの。
◆どんなに忙しいときもスイーツはおいしい。
真実の瞬間はどんなときにもあるということ。
◆食べたあとにスイーツを名残おしむのはあり。
回想や想像はあり。
◆ほかのことをやろうとしているときにスイーツの
妄想はノイズ。
想像の世界ばかりぢゃ現実ばなれしてダメだということ。
名残おしむを通り越して、執着するなら時間のムダ。
もういちど食べにいく方がはるかにいいと思います。
禅の世界とかお茶の世界って、現実直視の
入り口でもある気がします。
忙中閑のお軸を見るたびに思い出します。
ま、普段はそんなこと忘れてパニくってますけどね。。。orz
深呼吸することに意識を100%集中する
そうすると、あっ、これがジブンの時間なんだ、って時間を
感じることができます。
たぶんねw
九夏寒巌雪とは?
いま、この言葉が必要。
九夏寒巌雪(きゅうかかんがんのゆき)
〔虚堂録より〕
と読むのだそうで、、、
あつい夏にありえない雪がある、という情景。
非常にあざやかな場面ですね。
フツーは夏の真っ盛りには雪はないものなんだけど、
夏にも雪はあるもので、夏にも涼しげな雪、
そこを意識すると新たな気持ちになれそうです。
冬に見たお軸
紅爐一點雪(こうろじょういってんのゆき)
もあざやかな情景ですが、
文字ことばから浮かび上がる場面がたまりません。
さて、
九夏寒巌雪(きゅうかかんがんのゆき)
これは常識、自我を超越した境地を描写したもの。
われを捨て去って、ひらける道。
そんなところが必要なジブン。
とても響く5文字です。


