毎年、元旦はお墓参り。
小さいころは、あまりピンときてなかった。
お墓まいり、ということを繰り返して、
ようやく分かるようになってきた。
珈琲がのめるようになったのが20歳くらい。
うに食べられるようになったのが23歳のとき。
お墓まいりが大切だなって思えるようになったのが、25歳くらい。
そんな感じだった気がする。
珈琲もミルクたっぷり、砂糖たっぷりぢゃないとのめなかった。
うにだって、目にしたり、口にしたりはしてみたものの、
まずくてまずくて仕方なかった。。。
気づくのが遅いし、
あとでランプがつく、っていうのがジブンのあたま。
人のはなしを聞いていても、
聞いているときには分からないことが多い。
聞き返そうとした瞬間に分かることが70%
1日後に分かることが20%
聞いているその場で分かることは10%くらいかもしれない。
お墓にいくと、墓史?というものがある。
どのような方がそこで眠っているか、というのが彫られている。
お墓まいりがとっても大切だと気づいたときって、
ジブンの祖母の弟さんのことをリアルに想像できたときだったかも
しれない。
昭和20年8月、これって終戦の直前。
享年23才
終戦記念日が8月の14日だから、
あと、少し、1週間か10日、終戦が早かったら、いまも元気にされてたかもしれない。
むかしは40歳まで生きられたら長生きだった、ということを
考えると、まぁまぁ生きたのかもしれない。
それにしても、なくなった年齢が23歳ってはやすぎる。
終戦があと2週間早かったらと思うと切なすぎる。
戦争がなかったら、などなど、雑念でいっぱいになる。
でも、これは変えられない事実だし、
それを受け止めて生きている祖母がいて、ジブンがいて、、、
直系ぢゃないけど、
身近な方々の気持ちって大切にしたいって思う。
いろいろと考えていくと、
のこっている身近な家族、大切にしなきゃって思う。
のこっている家族をまもってください!
そんなことを祈りながらお線香をあげている家族の
気持ちを直視してみていくうちに、だんだんこころが込められるように
なっていくもんなのかもしれない。
祖父も祖母も健在。
きっとまわりのみんなの分も背負ってくれているんだな、
とか、いろんなことを考える。
ジブンはこどもを授かるかどうかは分からないけど、
こどもが授かったとしたら、そゆ気持ちのアンテナを持つことが
できるような人になって欲しい。。。