お茶の世界はどうあるべきか。
どこぞの日記にこんなことを書きました。
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(携帯電話を)
携帯電話から世界の情報に
アクセスする入り口としている方が多いように
ジブンも茶の湯を入り口においています。
少しずつですが、身近な方々にだけお茶の世界を
お話していますが、アンテナを磨くうえで必要だと
思ってご紹介させていただいています。
お茶の世界は
単なるお遊びの世界だと思っている方は
今のままの愉しみかたでもいいと思いますし、
それはそれで正しいです。
ジブンはライフテーマの手前に
お茶の世界観をおいている
おかせていただいているというだけの
話しですから~w
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ライフテーマに取り組むうえで、
お茶の世界というフィルターを手前においている。
そんな話しを書いたものでした。
お茶はいやされるからやってるんでしょ!?と
思われることもあるし、それはそれでいいんです。
ジブンがやっているのは、手前作法が大切でやってるん
ぢゃなくて、その世界観を大切にしているからなんです。
モノづくり(すべての伝統工芸)につながる。
モノを見る目をやしなう。
和文化と自己表現。
茶の湯と教育。
おもてなしとしつらい。
ジブンが【茶の湯】をOSとしている理由はいろいろある。
それなのに、
お茶って好きなのに、やめたくなることがある。
こころでしっくりくる世界なのに頭がぢゃまをする。
この世界ってなんだっけ?を考えるといろんなことが思い浮かぶ。
◆道教+仏教
自然信仰、北極星を最高神とし、不老長寿をねがう。
時の流れを感じつつ自然をいつくしみ、生きていく中で
何らかの気持ちを表現する。
そして禅。
ジブンをどこに持っていくか。ですかね?
修行ととらえているジブンの横を
高級車でのりつける人が集まる
『大寄せの茶会』という世界がある。
お茶をのみにいくのに
高級車であるベンツやレクサス、
そしてタクシーでのりつけるってわけだ。
侘びさびの世界ってナンだっけ?
という気持ちにさえなる。
恥も外聞もない、なんてことばがあったけど、
そんな方々がお茶をやっている世界って、
単に見栄、虚栄の世界としてとらえられて
いるかのようにさえ感じる。
茶の世界かくあるべし
理想が高ければ、その理想と現実のはざまに
こころが落ちる。
落ちたらお茶なんてやめたくなる。
なぜならギャップが大きすぎれば
しらけるし、汚い世界に思えてしまうからだ。。。
集まる人のこころがダメだから、とか、そういうのは関係ないんだな、と、
やめたくなったときに考える。
お軸は悟った方の境涯を字にしたもの。
こうありなさいというこころ持ち。
修行の世界としてとらえると、それで一旦やめたくなる気持ちは
おさまるんだけど、最近は日々葛藤している。
大寄せの茶会は茶の世界にあらず
最近はそう考えるようにもなってきた