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洋楽のテレビ番組「ベストヒットUSA」の1コーナー「大いなる伝説」。


1963年6月18日、リバプール中のミュージシャンが招かれたという、
ポール・マッカートニー21歳の誕生日パーティのときの話。

酔っ払ったジョンがボブ・ウーラーとビリー・J・クレイマーに
怪我を負わせてしまう。


<翌朝、ウーラーとクレイマーの弁護士や事件を嗅ぎつけた新聞記者たちが
 ビートルズの事務所に押しかけた。

 しかし、すでにビートルズはトニー・バローという凄腕の宣伝マンを雇っていて、
 彼の機転でこのスキャンダルは悪い方向へはいかなかった。

 イギリスの全国紙はこの事件を大きく取り上げたが、ビートルズに好意的であった。

 たとえば全国紙デイリーミラーには、

 「ビートルズ大喧嘩! 殴ってごめん」

 と大きな見出しの記事が載ったが、内容はジョンはウーラーと仲良しであり、
 ついカッとなった。僕が悪かった。とジョンが謝っている。

 これらの記事を書いた新聞記者のほとんどは4ヵ月後に全国的にに大騒ぎとなる
 ビートルズフィーバーを優先的に取材が許されている。

 彼らは宣伝マンとビートルズに飲み込まれたのである。

 そして、マネージャー、ブライアンの手腕で重傷のウーラーとは
 たった200ポンドの慰謝料で決着がついている。

 ブライアンや宣伝マン、トニー・バローたちにハッキリ分かったのは、
 ジョンは普段とても優しい人間だが、アルコールなどの影響下で
 人が変わるという事実であった。>


リーダー格のジョン・レノン、
人には言えぬプレッシャーは大きかったことだろう。

だからといって許されるはずもない暴力も、
芸能界流の政治決着が図られていたのだね。

なんとも後味の悪いエピソード、
これもまたビートルズの真実なのさ。