煩わしい人間関係の日常生活を送っていると、
気を遣わずにすむ間柄というのが、貴重なことに思えるね。


「私は気を遣う人間である」

たしか、こんな出だしで始まった新聞のコラム欄が昔あったんだよ。

名前は忘れてしまったのが残念なんだけど、
当時、知らない女流作家だったことは覚えている。

自分で自分のことを「気を遣う」なんていう人間は
ずいぶん神経の太い人間に思えてならなかったさ。


それは、やはりだいぶ前にある女優が

「私はシャイな人間だから」

とコメントしたことを、ビートたけしが、

「シャイな人間が、てめえでてめえのことをシャイだなんて抜かすか!」

と批判したときと同じような感覚なんだと思うよ。


でも、次の一文を眼にしたとき、
思わず共感してしまったんだよね。

「なぜなら気を遣いたくないからである。」

正確な文言は覚えてはいないけど、
言わんとすることが、おいらの気持ちとまったく同感だったのさ。


気を遣いたくないからこそ気を遣う、
このいっけん、矛盾したような表現がとても気に入ったんだよね。


それだけに、このコラムの女流作家の名前を忘れてしまったことを、
いまだに悔やんでいるんだよね。