梅雨の晴れ間…。
広い公園で犬と飼い主がフリスビーをして遊んでいる。
飼い主が投げる。
犬が嬉しそうに拾い、飼い主に投げて投げてとせがむ。
飼い主がまた投げる。
そしてまた犬が拾い、投げて投げてとせがむ。。。
その繰り返し。
ほほえましい光景。
子供のころ飼っていたコリーとシェルティのMIX犬・もんじろう。
彼はボール投げとかフリスビーとか大好きだった。
何度も持ってきては「投げて投げて!」と無邪気にせがんでいた。
一方、現在のわが家の愛犬・黒柴のらん丸。
わたしがフリスビーを投げる。
そして、らん丸が目をギラつかせながら追いかける。
ギラついた目でフリスビーを持ってきて、自慢げにわたしに見せつける。
わたしが「もう一回投げるよー」といってフリスビーを取り上げようとすると、
らん丸は挑戦的な目で「こいつを奪ってみな!」と引っ張りっこを始める…。
子どものころ飼っていたもんじろうは、いわゆる洋犬系MIX。
ボールを投げれば持ってくる。
また投げれば、また持ってくる。
「飼い主が言うことは絶対なり!褒めてくれて嬉しいなり!!」
と、何度も何度も同じ遊びを繰り返して、褒められることに喜びを感じる。
対して柴犬らん丸。
投げたものは確かに取りに行くんだよね。
でも、それは彼の『獲物』。
持って帰ってくるのも「投げて投げて♪」ではなく、
「おい見ろ!俺が獲ったんだよ!すごいだろぉ!!!!」
ってドヤ顔するため。
そしてわたしが回収しようものなら
「なんで俺の獲物取るんだよぉおぉぉ!!」と全力で防衛し始める。
調べてみると、洋犬は人と協力して仕事をする歴史を持つ犬種が多く、
和犬、とくに柴犬は比較的自立心が強いと言われるらしいのだ。
つまり、柴犬にとってフリスビーは、
投げて持ってきてもらう競技ではない。
獲物を仕留めて奪い合いする遊びなのだ…!
なんか、柴犬って自由だよなぁ。。。
言うこと聞くときと聞かないときがあるよなぁ…。
ここから入っちゃいけない柵も、解ってるくせに上手に突破してくるし、
絶対にこの子は賢い子なんだけどなぁ…。
なんで人間の言うこときかないんだろ…。
とか思ってたんだけど、そういうことなんだな。
人と協力して働く歴史を持つ犬と、
自分で判断して行動してきた歴史を持つ犬。
犬といえば人間の命令に従い、尽くし、それに喜びを感じる。
「飼い主の喜びはぼくの喜びですぅ!!」
そんなイメージがあった。
でも柴犬は、ちょっと違う。
「飼い主、それはいい案だな!採用!!」
→にっこりして言うことをきく。
「飼い主、それはないっす、却下なり!!」
→こちらをチラ見してガンスルー。
従順というより協議制。
柴犬を犬として見るから戸惑うんだ。
柴犬は犬という名前が付いているけれど、
あれはもはや犬ではない、『柴犬』という完成された生き物なのだ。
指示を出し、言うことをきかせるペットとしてではなく、
共に荒波を乗り越えていく対等な仲間として扱えば、きっとうまくいくはず。
きっと…うまくいくよ…ね?
