kyochanとのお昼の電話は
1回も欠かすことは無かった
むしろよく続いたなと思う(笑)
そんなkyochanとの記録が
数日前に途切れた。
一番の原因は「コロナ」
気付いたら、
二人ともコロナによる環境の変化で
余裕が無くなっていた
それは薄々感じでいたけど、
電話は相手を傍に感じられる
方法の一つだと信じていたから
多少の違和感があったとしても
続けることを選んだ。
「お疲れさま」
「お疲れさま」
「今日も結構混んでるよ」
「そうか、大変だね」
「体調もイマイチだし…」
「そうかぁ…。不特定多数が入ってくるから怖いよね。」
「ま、でも頑張るよ。」
「うーん、そうね、淡々とやるしかないもんね。私も頑張るよ。」
こんな会話がしばらく続いた。
お互いの声を聞いて
励まし合ってるはずなのに
電話を切った後、
何故か気持ちが前向きにならない。
愛しい人と話して
こんな感覚になるなんて
虚しさでいっぱいになった
今、冷静に考えると
それもそのはずだなと思える。
出口の見えない戦いのなかで
ましてやランチタイムの限られた時間
その中で交わせる言葉も限られてくる。
kyochanも大変、私も必死…
“しばらくメールだけにしよう”
kyochanに気持ちが落ちていることを
素直に伝えた。
少し戸惑っている様子だったけど、
「どちらのあなたも好き」
そんな風に返してくれて
私の提案を頭から否定しなかった。
彼女のやさしさに触れた。
正直、この提案は私自身も
今後の二人にどう影響するのか
不安ではあったけれど、
一つ分かっていたのは
無理をしてはいけない、ということ。
そして私が素直になれたことで
お互いの考えを確認でき、
誤解が解けたことは大きかった。
そんなこんなで迎えた週末。
不思議な現象が起きた
メールだけなのに
kyochanを想う気持ちが強くなった。
そして
kyochanの想いも強く感じた。
「声を聞くこと」を重要視していただけに、
意外な展開となった。
大事なのは
電話の回数とか
声を聞くという行為ではなく
相手を想う気持ち。
その想いなくしては、
何回会おうが、何回電話をしようが
ただの作業になってしまう。
作業になってしまうくらいなら
しないほうがいい。
「習慣」をやめる勇気も必要だ。
今回の件で、
とても大切なことを学んだ。
そして
なにより
kyochanのことが大好きだということ

kyochan、いつもありがとう