比較される痛み


前回のブログで、少し触れましたが…


次男が、頭をぶつけて泣いた時、長男に怒りをあらわにしてしまったこと…


実は、めちゃくちゃ後悔しています。


というのも…


私が、小さな頃から、ずっとずっとそうして、親から姉としての責任を押し付けられてきたから。


姉といっても、弟とは、2つしか違いません。

そして、同じく子供です。


私は、ずっと長い間、この理解のできない、「責任」を押し付けられ、辛い思いをしてきました。


たった2つしか違わない、弟の面倒をみる。

これが、私には苦痛でしかありませんでした。

弟が、怪我をすれば、私のせいになり、私が怒鳴られる。


大人になってからは、「あの頃の私も子供だったのだから、弟の面倒をみるのは、親のすべきことだったんじゃないか」という思いが、ずっとぐるぐると渦をまくように、頭のなかを回っていました。



だから…


我が子には、絶対同じ思いはさせない!

そう誓っていました。


だけど、やってしまった。


たった一回ですが。

それでも、そのたった一回は、もう取り消すことはできません。


あの頃には、戻れませんが、もっと早く自分の状態を知り、自分をケアしてあげていたら、あんな声掛けを、長男にしなかったんではと、悔やまれてなりません。




頭の中の記憶    №1



あれは、私が小学生低学年だったと思います。


その日は、両親の友人である、おばさんが、私と弟、そして、おばさんのこどもを連れ、スケートリンクに遊びに連れて行ってくれることになりました。


ここだけの話、正直私はイヤでした。


小さい頃の私は、絵を描いたり、本を読んだり…そうゆう、こじんまりとしたことが幸せだったんですよね。


だけど、まわりの大人は、それを許してはくれませんでした。


というか、理解してなかったのかな?


こどもは、出かけるのが楽しいもんだと思っていたのかも。個性があることを、誰も知らなかったのかもしれません(私の周りの大人は)



話が、脱線しましたが(苦笑)



イヤイヤではあったものの、初めてのスケートリンク。

子供ながらに、ワクワクしたのを覚えています。


両親もいませんでしたし。

ムダに叱られることもありません。


あの時、出発前に、母に念押しされました。

「弟の面倒をちゃんとみるように!」


その頃の弟といえば、やんちゃ坊主という言葉が、私の弟のためにできた言葉ではないかと言うほどの、暴れん坊で。


とにかく手に負えない子でした。


まぁ、スケートリンクでも、私の話を聞くわけもなく…私も、面倒みる気もなく…



結果、弟は初めてのスケートリンクで、無茶をして、一人でグングン中央に進んでいきます。

支えがないので、コケるのは目に見えていましたが、そこで運悪く、スケート靴で脚を踏まれてしまったんですね。



その時、私はというと…


産まれたての小鹿のように、足をフルフルさせながら、壁際をそろーりそろり…


弟に追いつくはずもありません。



幸い、弟の脚は、骨折だけですんだので、よかったのですが…


帰宅したら、血相を変えた母に、弟が叱られると思いきや……

その怒りの矛先は、私へ向けられました。


とにかく、むちゃくちゃ怒鳴られたのを今でも思い出します。

こどもながら、私にどうしろっていうんだ!って心の中で、呟いていました。


うちの家は、そうゆうことが、頻繁に起きて。

いつの間にか、私は弟が大嫌いになっていました。



比較され、甘やかされ、大事にされるのは、いつも弟。


だけど、大人になると、弟の悪口を、親から聞かされる。


ひとりっ子になんど憧れたかわかりません。



ここから徐々に、私の心は、毒に蝕まれていきます…