外で働くのが当たり前だと思っていた頃のこと

自分は長らく営業職として働いてきましたが、突如うつ病になり就労困難に

なってしまいました。

うつ病になったのは突然でしたが、中間管理職としてのストレス、長年の営業職での見えないストレスがトリガーになったのかもしれません。

長年会社員として働いてきたため、外で働くのは当たり前と考えていました。

副業を考えていた時期もありましたが、考えるだけで実行に移すことはありませんでした。

しかし、このあと「現実」という事実に悩まされることになるのでした。

 

 

良くなっていないのに、また働こうとしてしまった

うつ病の症状が良くなっていないにも関わらず無理に就職してしましい、病状悪化し退職

ということを何回か繰り返してしまいました。

就職活動中は必死な思いであったことを覚えています。

「この書類が通れば」、「この面接に受かれば」などと考え就職活動を進めていました。

そして、「この会社に受かればここで定年まで働こう」と考えていたことを覚えています。

しかし、実際に入社したら人間関係の難しさを強く感じる場面が続きました。

今までだったら耐えることができたのかもしれません。

しかし、一度うつ病にかかりコップの高さが低くなってしまった私にとっては容易に水があふれてしまう事態となってしまいました。

耐性がなくなってしまったのです。

このような心理状況から働かないと収入が得られないが、働くと病状が悪化するという負の連鎖が続いていました。

今思い起こせば、どうしても会社員または契約社員という肩書を捨てきれない自分がいたのだと思います。

それはひとえにどこかに所属していたいという所属意識、不安定なままでいたくない感情があったのだと思います。

社会的な孤立、これが一番自分の恐れていたことでした。

 

 

無理をしない生き方を考えるようになった

転職と退職を繰り返すうちに、履歴書も汚れ年齢的にも再就職は無理と悟るように

なりました。

私の残りの人生を考えて、自分の無理ない範囲で最低限の暮らしができればいいかなと

考えることができるようになりました。

自分らしく生きていければいいのではないかとようやく気付くことができたのです。

そう考えるようになってから、私は自分の内面だけをみるようになりました。

具体的には他人と比較することが劇的に減ったのです。

確かに社会的帰属意識が無くなるのは怖いものでした。しかし、会社に雇われるということだけが社会的帰属の全てではありません。

友人関係、ご近所づきあい、サークル活動など何かしら社会と繋がる手段はあります。

人間は社会的動物で他人と繋がっていないと不安になってしまうものです。

ただし、何かしら社会と繋がっていれば不安な感情は次第になくなってきます。

現に私がそうでした。

このことに気づいて以来肩の力が抜けて冷静な判断が出来るようになりました。

 

 

不安は残っているけれど、それでも前に進もうと思う

そうは言ってもフリーランスというのは不安定と感じ、心配をしてしまう感情は残っています。

よく考えればそれも当然のことなのかもしれません。

人間は安定を求め、不安定な状況から逃れたいという気持ちが働くからです。

そこで、私は物事の見方を変えることにしました。

今まで色々あったが何とか生きてくることが出来ました。

会社に帰属していなくても働ける・生きていく方法は必ずあるはずだと考えることにしました。

この考え方は楽観的かもしれません。

しかし、逆に楽観的な方が事態を深刻に考えすぎずに良い塩梅になるのかもしれません。

もちろん怖さが全て消えたわけではありません。

立ち止まってしまう日、体調がすぐれない日もあることでしょう。

フリーランスという特性上、これらは全て「怖さ」の種になってしまいます。

ただし、私はこのブログではありのままの自分を出すことにしています。

従って、その都度「怖さ」も皆さんと共有したうえで進めていきたいと思います。

今日も読んでいただきありがとうございました。