A GX実現に向けた基本方針

 「GX実現に向けた基本方針〜今後の10年を見据えたロードマップ〜」が、2023年2月10日に閣議決定されました。

 この基本方針は、「GX の実現を通して、2030 年度の温室効果ガス 46%削減や 2050 年カーボンニュート ラルの国際公約の達成を目指すとともに、安定的で安価なエネルギー供給につながるエ ネルギー需給構造の転換の実現、さらには、我が国の産業構造・社会構造を変革し、将 来世代を含む全ての国民が希望を持って暮らせる社会を実現すべく、GX 実行会議にお ける議論の成果を踏まえ、今後 10 年を見据えた取組の方針を取りまとめる。」ことを目的としています。

 「エネルギー安定供給の確保を大前提とした GX に向けた脱炭素の取組み」の今後の方針として、以下の事項が明示されています。
改正省エネ法に基づき、大規模需要家に対し、非化石エネルギー転換に関する中長期計画の提出及び定期報告を義務化し、産業部門のエネルギー使用量の4割を占める主要5業種(鉄鋼業・化学工業・セメント製造業・製紙業・自動車製造業)に対して、国が非化石エネルギー転換の目安を提示する。
省エネ法の定期報告情報の任意開示の仕組みを新たに導入することで、事業者の省エネ・非化石エネルギー転換の取組の情報発信を促す。
水素還元製鉄等の革新的技術の開発・導入や、高炉から電炉への生産体制の転換、アンモニア燃焼型ナフサクラッカーなどによる炭素循環型生産体制への転換、石炭自家発電の燃料転換などへの集中的な支援を行う。

 建設産業で材料として大きな割合を持つ鉄鋼業及びセメント製造業が非化石エネルギー転換を実質的に政府から義務付けられることを意味する方針であり、建設産業もこうして動きに大きな影響を受けることは避けられません。

 特に、鉄鋼業では、水素還元製鉄やCO2回収リサイクル型高炉製鉄などが一般化してくることが想定され、高炉製鉄の副産物として活用されてきた高炉スラグは発生しない状況になり、これまでの工法飲み直しや、また、CO2回収リサイクル高炉から回収したCO2を建設副産物であるコンクリート殼に反応させて炭酸カルシウムを生成して、セメント材料として再利用することで、コンクリート殼の回収ネットワークなどの構築も大きな課題となってくることが想定されます。

 CO2 を排出せず、出力が安定的であり自律性が高いという特徴を有する再生可能エネルギーの主力電源化と原子力の活用も明示されています。
 排水ポンプなども、CO2をは排出しない太陽光発電や小型原子力発電等による電力で稼働する電動ポンプが平常時では義務つけられることが想定されます。災害時などの緊急時対応と平常時対応のダブル装備などの課題も出てきますが、建設産業全般で、原則として化石燃料で稼働する機材は排除される方向であると言えます。

 さらには、水素・アンモニアが、発電・運輸・産業など幅広い分野で活用が期待され、自給率の向上や再生可能エネルギーの出力変動対応にも貢献することから、カーボンニュートラルの実現に向けた突破口となるエネルギーの一つであると位置づけられています。
 地盤凍結工法の中には、冷媒にアンモニアを使用するものも出てきていますが、冷媒として使用したアンモニアを回収して燃料として転用することが一般化していくものと考えられます。

 また、資源のリサイクルには「資源循環市場の創出」が不可欠であるとして、ラ イフサイクル全体での資源循環を促進するために、循環配慮設計の推進、プラスチッ クや金属 等の資源循環に資する設備導入等支援やデジタル技術を活用した情報流通プラットフォーム等を活用した循環度や CO2 排出量の測定、情報開示等を促す措置にも取り組 むことも示されています。
 ここで注目したいことは、「循環配慮設計」です。建設分野では、これまで「つくる」ことに主眼が置かれてきましたが、これからは「つくる」段階からリユースやリサイクルを念頭に置くことが求められることになります。国際標準としては、カーボンニュートラルのためにIS既にO20887:2020「建築物及び土木構造物の持続可能性ー分解可能性と適応性のための設計」が発刊されていますので、今後はこの国際規格を適用していくことが想定されます。

 インフラについては、「空港、道路、ダム、下水道等の多様なインフラを活用した再エネの導入促進やエネルギー消費量削減の徹底、脱炭素に資する都市・地域づくり等を推進する。産業や港湾の脱炭素化・競争力強化に向け、カーボンニュートラルポート(CNP)の形成推進や建設施工に係る脱炭素化の促進を図る。」とされています。

 産業の血液と言われる金融については、「サステナブルファイナンスの推進」が提唱され、以下のことが記述されています。
①2021年6月のコーポレートガバナンス・コード改訂により、プライム市場上場企業にはTCFD開示等が求められ、これらの取組により、日本のTCFD賛同社数は世界一となっている。
②他方、開示の内容面は発展途上であり、企業自らの経営戦略に即した実践的な開示を促進することが重要である。このために、TCFDコンソーシアムを通じた人材育成プログラムの提供など、更なる開示支援を行う。
③また、脱炭素を含めた非財務情報開示、特にサステナビリティ情報の開示について注目が集まるとともに、重要性が高まっており、国際的にはISSBにおける議論も進んでいる。有価証券報告書にサステナビリティ情報の記載欄を設けることとしており、必要な府令改正等の手続を進める。

 日本建設業連合会の会員企業の多くが、TCFD開示に賛同し、非財務情報として気候変動関連情報を開示しています。
 また、2023年秋には国際会計基準(IFRS)のサステナビリティ情報開示基準S1及びS2が制定される見通しで、こうした情報開示基準を受けて、有価証券報告書の様式などが内閣府省令で2023年度中にも改定されることが記述されているのです。

B TCFD提言とIFRS

 少し技術的な視点から離れるのですが、サステナビリティ情報開示基準S2(案)の付属書B「産業別開示要件」には、建設産業に特化した第33巻「エンジニアリング及び建設サービス」(IFRS S2 Climate-related Disclosures Appendix B Industry-based disclosure requirements Volume B33-Engineering&Construction Services)と言う基準があります。
 その開示基準の表1「サステナビリティ開示トピックス&メトリックス」として「建築物及びインフラストラクチャ―のライフサイクル・インパクト」が明記され、「受注プロジェクトの総数」を明記することが求められており、明記された完成受注プロジェクトについては有価証券報告書に「現場調査及び建設に随伴する環境リスクの評価及び管理」に関してカーボン・フットプリント(CFP)を指標として開示することを求めています。 
 また、「プロジェクトの設計、現場調査及び建設に随伴する環境リスクの評価及び管理のプロセス」については、ISO規格などの国際的な規格やガイドラインを適用することが推奨されています。 

 建設会社は、受注した工事の完工財務年度の有価証券報告書に、ISO規格など国際規格に準拠してその工事について算定したCFPを記載することが求めれることになります。

 参考までに、CFPに関係するISO規格は、以下のようになります。
①ISO14064-1:CFP算定の全般的な原則などを規定している。 
②ISO14064-2:企業単位などでのCFP算定及びCFPのオフセットの原則やルールを規定している。
③ISO14063-3及びISO14067:製品やサービスの炭素に係るフットプリント情報であるCFPに特化した規格で、算定要件などを規定している。ISO14064-1と両規定により、製品やサービスのCFPが算定される。 
④ISO14065及びISO14066:ISO14064-3に基づくCFP算定の第3者検証に係る規格であり、ISO14064-3は両規格に準拠した第3者機関によるCFP算定の検証を求めている。 

 TCFD提言の「指標と目標」では、気候関連のリスクと機会を評価し、管理するために使用される指標としてCO2排出量についてスコープ1、2及び3に区分して開示することを推奨しています。
 このため、IFRSで求められる非財務開示情報は、TCFD提言を前提とする企業ではISO14064-3に準拠して算定したCO2排出量となります。


C CFP算定とBIM

 さて、どうやって土木構造物や建築物の個別工事毎に完工時にCFPを算定するのでしょうか?

 ここで参照する国際規格が、、ISO 22057「建築物及び土木構造物の持続可能性―建設情報モデリング(BIM)における環境製品宣言(EPD)の使用のためのデータテンプレート」です。
 EPDは、ここの資材又は機材(又は、型式や’カテゴリー別)についてのライフサイクル全体に対する各段階でのCO2排出量の原単位を示した資料です。EPDについては、国際的な情報交換ネットワークが形成されています。情報量は、未だに限定的ではありますが、急速に増加しています。
 このEPDのCO2排出量データをISO19650シリーズに準拠したBIMレベル2の属性データとして取り込み、完工時のBIMモデルについてCO2排出量を取り出して合計することで、TCFD提言のスコープ3で求められる1つの完工工事のCFPが算定できるのです。この規格は、この算定を簡略化するテンプレートを提示しています。

 換言すれば、ISO19650シリーズのBIMを使用しない場合、IFRSのサステナビリティ情報開示基準を満足することは難しいのではないでしょうか?

C 今後の建設技術の方向性

 これまで見てきた情勢を俯瞰して見てみたいと思います。
 
 政府のGX実現に向けた基本方針から、カーボン・ニュートラルに向けて、以下のような方向性が見られます。
①化石燃料を使わないエネルギーで稼働する機材
②CO2排出量がライフサイクルで少ない資材及び機材
③リユース及びリサイクルを前提とした設計

 他方、国際的な会計基準によるサステナビリティ情報開示要請から、カーボン・ニュートラルに向けて、以下のような方向性が見られる。
①有価証券報告書に個別受注工事毎に完工年度にCFPを記載するために、ISO19650シリーズに準拠したBIMレベル2を適用することが不可欠。
②受注工事のために調達する資機材については、ISO規格に準拠したEPDがあるものとする。

 纏めて考えてみると、建設産業では、これまで政府が進めてきたi-ConstructionやDXの方向とは視点を変えて、ISO19650シリーズのBIMレベル2を利用して、ISO規格に準拠したEPDのある資機材をリユースやリサイクルしやすい設計、社会的な要請としてでCO2排出量がライフサイクルで最少にできる施工や維持管理を実施することが必須になってくることになります。

 既往の施工法などの建設技術は、このような社会的な要請に対応して、大きく変容を求められています。

 カーボン・ニュートラルは、将に新たなニュー・フロンティアではないでしょうか?