私は野村證券投資信託委託【現 野村アセットマネジメント】を辞めてから、定期券以外の “手当”という給与を手にしたことがない。

家族がいるから“家族手当”?、長距離通勤でも全額“通勤手当”支給?

 

本日は『“××手当”ほど下らない給与はない』と題し、その人物の能力に関係なく支給される「お手当」の本末転倒事情の考察を試みてみようと思う。

 

 

まず、仕事ができなくても、能力が低くても、家族がいるだけで何故特別なお手当がいただける根拠になる?

その合理的理由に誰もが納得できる理由が存在するのか?

 

各企業、組織で“家族手当”に類する手当給与規定は一律して同一ではないことは理解しているが、抑々“家族手当”という給与に職員全員が平等に扱われている規定になっているのだろうか。

一般的に単身独居職員=“家族手当”の特典から除外される存在だが、単身赴任で勤務する「家族あり」職員は“家族手当”の特典が与えられる。

では、この単身独居職員と単身赴任で勤務する「家族あり」職員の能力の差は必ず“家族手当分”だけ単身赴任で勤務する「家族あり」職員が高いと断言できるか?

同じ仕事、仕事量をしていたと仮定しても“家族手当分”単身赴任で勤務する「家族あり」職員の方が支給給与は高くなる。

「給与・手当規定がそう定めているから」という根拠は組織内のお手盛り世界で通用する思考であり、ひとたび社外に出てしまえば「無効」となる制度なのだから、合理的理由としてだれもが納得できる理由とはなり得ないだろう。

 

また、通勤交通費も然りだ。

遠方、新幹線を使い2時間以上かけて通勤?

仮の話しで恐縮だが、勤務地近隣に住居を構え朝からパワフルに業務を熟す職員と通勤で疲弊した状態から勤務開始する職員が手にする金額が疲弊状態の職員が高くなることの正当性に合理的理由があるか?

単に手にする額の違いだけではない。

現制度下で厚生年金加入組織であれば、年金額の計算根拠となる基準報酬額も高くなり、将来の年金額も高くなる仕組みになっているからだ。

 

サラリーマン根性の社畜共なら毎日毎日通勤で往復5時間掛けてでも喜んで遠方で住宅価格の安い地域に住み、言われた事だけ決められた業務だけを熟せば給与という形でカネを手にすることができよう。

だが、出来るビジネスマンであれば当然のことながら業務パフォーマンスが落ちる通勤に長時間掛けるような真似はしない。

また、この手のビジネスマンは身体を休ませることの大切さも熟知しており、例え住居費や物価が高くても無駄な通勤に時間を取られることを何よりも嫌う。

 

 

以前、私が所属会社独身寮を出なければならなかった時、持ち家として集合住宅の取得をしたのだが、その際母は販売価格の安い通勤に最低2回の乗り換えが必要な神奈川区大口駅近くの物件を強く勧めてきた。

だが私は大手町、日本橋へ一本でアクセスでき、早朝始発、最終終着駅のである川崎市 鷺沼という地にある物件にした。

物件販売価格は約2倍以上鷺沼の物件の方が高かったが、深夜、早朝まで勤務を強いられた折に毎日タクシーで帰宅したが東名高速道路川崎インターチェンジが近かったため勤務地から30〜40分ほどで帰宅でき、5時後半~6時台の始発電車で着席し、新聞に目を通しながら通勤をしたものだった。

 

話しが脱線したが、この日本という国に所在する組織の給与・手当制度には屁理屈に基づくお手当がたくさん決められており、結婚したら“住宅手当”を支給するが単身者には支給しないとか、無能でも家族がいて賃貸住宅だと“家族手当”に“住宅手当”がいただけ、超優秀でも独身というでけでお手当なしが公平な給与体系、手当支給要件だと罷り通っている。

 

過去、複数人嘱託契約、常用雇用契約した者達に一切の手当支給は行わなかった。

無論、男女の違いによる給与額相違や定年という考えは生憎持ち合わせておらず、実際には出勤簿すら不要(労働基準法上必須帳簿)という考えと持ち主だ。

私の考え方は「その方の時間を買うのではない、能力に対価を払うのだ」という考えなので、勤務時間や出退管理ほど無駄な作業はないと強く信じている。

勿論、連続して長時間勤務を強いられるような状況は誰もハッピーにはならないので、時に強制的に業務打ち切りという荒療治をしなければならない時もあろう。

だが、能力の高いビジネスマンなら上記の管理をマネジメント層が行なわななくても、自己管理され管理監督されなくとも自制できるので現業の付加価値の向上に努めていただける環境整備にマネジメント層は集中するだけだ。

 

不公平な給与体系、手当支給はやる気に溢れ、能力の高い労働者のやる気を失わせるだけでしかない。

裏を返せば、生産性の低い労働者ほど諸手当や福利厚生の充実に重きを置いて、件の(くだんの)努力や自己技能・技術向上を蔑ろにしているとしか映らない。

 

企業・組織が一方的に決めた福利厚生施設に限定された場所だけで余暇を過ごすよりも、自分自身が行きたい場所で勤務時間外活動、余暇/休暇を過ごす方が余程充実した福利厚生制度だと私は思う。

私は企業・組織保有保養施設や勤務外活動の場は各人就労者が自身で決め、その掛かる費用に対して一定額を一律に給付する方法が被雇用者と雇用者にとって一番合理的かつ公平・平等な良い方法だと思う。

 

一つ例示をしてみようと思う。

職員が夏季休暇で2週間、沖縄で過ごしたいと仮定しよう。

弊社は沖縄に自社保有保養施設・宿泊設備は所有していない。

しかし職員は沖縄でリフレッシュしたいのだ。

「夏季リフレッシュ休暇取得時に、福利厚生制度として一律10万円を支給する」とすれば、単身独居職員も家族あり職員も自分の泊まりたい宿泊施設で過ごすことができる。

企業・組織側からすれば、自社管理物件がない=管理費用は不要、自社・自組織所属福利厚生提供組織加入費用が不要、所属職員一人に対して一律10万円給付の仕訳をして終了である。

一方、沖縄でリフレッシュしたい職員は一人で10万円以内ですべての訪沖費用を賄おうが、家族を伴い民泊利用しようが、豪勢にジ・ウザテラスに宿泊しようが個々の好みの選択ができる。

 

通勤交通費支給と住宅家賃補助制度等も一切設けず、一律に一定額を月次報酬額に上乗せする方法が被雇用者間の不合理な手当給付差別を解消する方法だとも思う。

どこに住もうが、交通機関利用通勤しようが一律2万円加給して終わり、だ。

「制度上の利得として、実支給額2万円と税制上非課税扱いの交通費相当額差額分は「支給通勤手当」としてPay Rollには計上する」が。

 

 

最近、今般のコロナ渦を機会に在宅勤務制度、ワーケーション制度の促進政策を推進する企業が出始めた。

NTTグループに至っては、「出社は出張扱いで、飛行機利用であってもその交通費は全額支給する」と就業制度を大幅に変更した。

 

仕事ができない者ほど「既得権益に“執着する”」と断言して間違いないと思う。

能力が高く高度な仕事を熟すことのできるビジネスマンほど、いま手にしている「権利」に価値を覚えず新たな環境や機会を手にするために手にしている「既得権益」を手放していると感じている。

 

 

あなたとの雇用契約

年  俸:1,200万円 毎月100万円の月払

手  当:月2万円 勤務に伴う通勤、住居費補助として

依って毎月102万円を指定銀行口座に振り込む

福利厚生:毎年 夏季休暇取得時に一律10万円支弁

職員慰労の福利厚生として会社負担

  以上

 

 

全ての勤務職員が同一条件で手にできる、それが公平な“手当”ではないか。