今日のブログは楽しいブログではなく
ちょっとしんみりさせてしまう事
お許し下さい。
今日で祖母を亡くして1週間経ちます
9月12日(土)午前7時50分
『98歳』
永眠しました
その日私は早朝(6-9時)のスーパーのパートで
仕事を終え、店から出た時、土砂降りの雨の中
入所していた施設から電話を受けました
誰も側にいない時、一人静かに
永遠の眠りについたんです
私はその場に泣き崩れ
立ち上がる事が出来なかった
電話を切った後、確認した凄い数の着信歴・・・
勤務中はロッカーに携帯を入れてるので
気づく事もなく・・・
話しでは
5時頃の見回り時には異常はなく
8時のオムツの交換で7時50分に部屋に行った時
呼吸が止まってたらしいです
8月から体調が思わしくなく
『覚悟』
という言葉を意識しないといけない状態でしたが
コロナのせいで面会規制があったのが
いつでも会いに来てあげて下さい
という状況になってました
コロナ以前では、週に4~5日
私はお昼の時間に行き、食事の介護を手伝ってたのが
面会規制になってから長い事顔を見る事が出来なかった
その期間で、随分と状態が悪くなっていってました
いつでも面会出来る状況になり
毎日行きました
時間は短いけど、毎日顔を見て
声を掛け
『婆ちゃん!ご飯しっかり食べて頑張ろうね!』
『元気になったら、私が迎えに来るけ一緒に帰ろう!』
とひたすら声を掛けました
すると、祖母はご飯も食べれない状態で点滴してたのですが
ご飯を食べれるようになり
最悪の状態から復活したんです
少し落ち着いてきたので
ちょっと安心していた矢先の事でした
あんだけ毎日会いに行ってたのに
何も私が仕事してる時に・・・
家に帰ってすぐに祖母の所へ行き
看護師さんや介護士さんになだめられながら
「よく見てあげちゃったですよ」
って言われても
『何が?』
「まだ、背中とかここらあたりは暖かいので触ってあげて」
確かに背中、太ももあたりはまだ暖かかった
眠ってしまって3時間も経ってた
それが一番辛かったです
主人が、東京の長男、大阪の次男に訃報の連絡して
『コロナの事があるから帰ってこなくていい』
と、言ったみたいです
母も腰の手術で入院中で、妹もちょっとした事ですが入院中で
親族は年配ばかりなので
主人はそう言ったんでしょう
亡くなった日、広い式場に一人祖母を置いておく事は
耐えきれず、式場の方に頼み込んで
私が泊り祖母の側にいることにしました
そしたら、祖母と私の所に
息子達がやってきて
『父さんには今、言うなよ!』
と、息子二人と祖母の側にいました
次男が、祖母の顔をなでながら
『ばあちゃん・・・ばあちゃん・・・』
と、嗚咽して泣いてました
次男の泣いている姿を見て
この子がこんな風に泣いてるのを見るのは
子供の頃以来だ。。。。
と思いました
長男も同じように泣き崩れてた
息子達からすると
ひいばあちゃんなのですが
小さい頃から泊りに行ったり
良く行き来があったので
思いはひとしおだったと思います
孫の私が55歳
ひ孫の長男が35歳
ひ孫の次男が31歳
やしゃごは5人います
実は2年前の正月に
息子達は大喧嘩して
少し疎遠になってたんです
兄弟仲良くせんといけんって
祖母が呼んだのかもしれません
長男は車で帰って来て
次男は新幹線で帰ってきましたが
往復の切符を購入していた次男は
帰りの切符をキャンセルして
長男と車で帰りました
祖母がいなくなったのは
本当に悲しい
でも、祖母が最後に私にプレゼントしてくれた
ずっと気にして悩んでいた
息子達の仲直り
もともと、とても仲のいい兄弟だったので
祖母も知らなかったとはいえ
私に
『 安心 』
を
置いて行ってくれたんだと思ってます
時間は止まることなく過ぎていきます
日々のしないといけない事が
一つなくなり
私は少し楽になったはずなのに
まだまだ気持ちは楽になりそうにないですが
今迄通り
頑張って行かないと!
まだまだ、母の事もあるし
なかなかゆっくりは
出来そうにありません
最後に祖母にお化粧をしてあげました
50年ぶりに祖父(49歳で他界)に会うだろうから
「あんた誰ね?」
って言われないように
綺麗にしてあげました
ばあちゃん
長い間
私や息子達を可愛がってくれて
本当に有難う
今日はとっても良い天気だよ













































