現在20代の末娘が、6年生の後期に登校拒否になった。
ある日突然というよりは、親だったら、なんとなく「この子はいつかは学校に行けなくなるのでは?」という不安感というか、なんとなく前々からわかるものです。
段々と元気がなくなり、朝が起きられなくなりまして、登校を嫌がりだしました。
その時点では、私も何とか行かせようとしました。
でも、ある日を境に、あぁもう限界なんだとさとりまして、行きなさいと言うのをやめました。
理由はというと本人も「わからない」と言う。
ただ、「私は将来の目標が見つからない」とよく言っていました。
勉強は押し付けた事がないけど、良く出来たので、クラスでは五番以内に入っていた。
性格も6年生の頃までは明るくて、いつも外で遊び、真っ黒に日焼けしているような活発でいつもキラキラの笑顔だった。
友達にも人気があり、よく家に数人を呼んでお菓子作りをするような子供でした。
そして、先に登校拒否になった友人を心配して、毎朝 家に誘いに行っていたような優しい子です。
学校に行けなくなり、青白い顔になって、笑顔が消えた。
親は当然、うろたえ、あせり、子供の将来を心配した。
中学校の制服も本もそろえたけど、1週間しか中学校に通学することはなかった。
その間、親の私はこの子に何をしてあげればいいのだろう?
考えてもいい案など思いつく訳もない。
登校拒否専門の大学教授のカウンセラーを週一に受けたり、書物を読んだりしたけど、参考にはなるけど、一人ひとりにぴったりあう答えなどない。
みんな性格も違えば、家庭環境も異なるから。
学校の先生もよく家庭訪問をして下さり、お手紙を下さったりした。
当時の同級生の登校拒否率は高くて、学年の一割強でしたから、先生も大変で、クラス別に片寄らないように分けていたそうです。
色々悩んで出した私の結論は、私がなるべく明るく過ごすこと。
娘に親の私が、悩んで落ち込んでいる事をさとられないこと。
一番つらいのは、娘本人なんだから。
「登校拒否になったからって、なんてことないんよ。
人の価値は学歴じゃない。
長い人生の一環なんだから、少し休めばいいよ。
いつでもやり直せるよ。
生きてさえいれば。生きてさえいてくれたら将来はある。
ほら だからお母さんはこんなに明るく笑っていられるよ。
貴女のことは心配だけど、私が見守っているから大丈夫。」
毎日私は明るい顔で音楽をかけた。
台所でカラオケで歌った。
私自身も唄に助けられていた。
後は娘と一緒に服を作ったり、手芸をしたり、本を読みました。
同級生にあわないように配慮で、夜中に本の好きな娘の為、本屋に連れて行った。
学歴じゃない、とは言っても、義務教育の知識ぐらいは持たせてやりたい。
家庭教師も必要かなと思い、娘の希望どおり、英語だけ教えてもらうことにした。
後は本を読めば、国語力はなんとかなる。
3年と少しのおもいっきりの引きこもりの後、娘はみずから高校を受験、合格し、高校生活をほとんど休む事もなく優等生で卒業できました。
当然つらかったはずだけど、一生懸命に頑張ってくれました。
その後も洋裁専門学校に3年間通学、卒業できました。
それは、あの3年間で私と一緒に娘の洋服を作った事で決めた事、と言ってくれました。
体型にぴったり合う洋服、自由に好みのデザインを作れる喜びを知った、と言ってくれました。
その事が目標となってくれた事に私も母として、最高の喜びです。
あのつらかった3年間も無駄ではなかった。あの日があるから、今の娘がいる。
今でも、登校拒否の原因を聞いても良くわからないと言う。
それは私への配慮であるのかも知れない。
家庭不和は子供への大きなストレスになるはずだから。
それは今でも申し訳なく思っています。
あの時に親は何件も内科に連れて行った。結果は血圧が異常に低く、立っていられないだろう、というものでした。
今になって思えば、同時にうつ病も病んでいたのではないか、と思うのですが、当時はそんな情報も少なく、全然思いもよらなかったのが残念でなりません。
今、学校に行けない子供達は大勢おられると思いますが、とにかく生きて下さい。
そしてしばらく休んで下さい。
無理矢理に学校に行かせないで下さい。
登校拒否になった子は頑張って頑張って、ついには力つきて学校に行けなくなったのです。
決して怠けているのではないのです。
しばらく休み、意欲が出て来たら、自然と自分から行動をおこそうとしたらサポートしてあげてください。
子供さんによっては、元気になったのを見計らって少しの後押しも必要な子もいますので、一概には何とも言えない部分もあります。
それまで、親御さんは気長に待ってあげてください。
親御さんも、子供の将来を考えたり、世間の冷たい目にもさらされ、色々と詮索され、根も葉もない誤解も受け、大変つらいことと思います。
私もまわりの何気ない言葉にも傷つきました。
でも、いつかは必ず笑って過ごせる日が訪れるでしょう。
その日を信じて待ってあげて下さい。
この記事は娘からの希望で書きましたが、全部私の文章です。
「本当に登校拒否になった事実を書いていいの?」と何度も確かめてから書きました。
ある日突然というよりは、親だったら、なんとなく「この子はいつかは学校に行けなくなるのでは?」という不安感というか、なんとなく前々からわかるものです。
段々と元気がなくなり、朝が起きられなくなりまして、登校を嫌がりだしました。
その時点では、私も何とか行かせようとしました。
でも、ある日を境に、あぁもう限界なんだとさとりまして、行きなさいと言うのをやめました。
理由はというと本人も「わからない」と言う。
ただ、「私は将来の目標が見つからない」とよく言っていました。
勉強は押し付けた事がないけど、良く出来たので、クラスでは五番以内に入っていた。
性格も6年生の頃までは明るくて、いつも外で遊び、真っ黒に日焼けしているような活発でいつもキラキラの笑顔だった。
友達にも人気があり、よく家に数人を呼んでお菓子作りをするような子供でした。
そして、先に登校拒否になった友人を心配して、毎朝 家に誘いに行っていたような優しい子です。
学校に行けなくなり、青白い顔になって、笑顔が消えた。
親は当然、うろたえ、あせり、子供の将来を心配した。
中学校の制服も本もそろえたけど、1週間しか中学校に通学することはなかった。
その間、親の私はこの子に何をしてあげればいいのだろう?
考えてもいい案など思いつく訳もない。
登校拒否専門の大学教授のカウンセラーを週一に受けたり、書物を読んだりしたけど、参考にはなるけど、一人ひとりにぴったりあう答えなどない。
みんな性格も違えば、家庭環境も異なるから。
学校の先生もよく家庭訪問をして下さり、お手紙を下さったりした。
当時の同級生の登校拒否率は高くて、学年の一割強でしたから、先生も大変で、クラス別に片寄らないように分けていたそうです。
色々悩んで出した私の結論は、私がなるべく明るく過ごすこと。
娘に親の私が、悩んで落ち込んでいる事をさとられないこと。
一番つらいのは、娘本人なんだから。
「登校拒否になったからって、なんてことないんよ。
人の価値は学歴じゃない。
長い人生の一環なんだから、少し休めばいいよ。
いつでもやり直せるよ。
生きてさえいれば。生きてさえいてくれたら将来はある。
ほら だからお母さんはこんなに明るく笑っていられるよ。
貴女のことは心配だけど、私が見守っているから大丈夫。」
毎日私は明るい顔で音楽をかけた。
台所でカラオケで歌った。
私自身も唄に助けられていた。
後は娘と一緒に服を作ったり、手芸をしたり、本を読みました。
同級生にあわないように配慮で、夜中に本の好きな娘の為、本屋に連れて行った。
学歴じゃない、とは言っても、義務教育の知識ぐらいは持たせてやりたい。
家庭教師も必要かなと思い、娘の希望どおり、英語だけ教えてもらうことにした。
後は本を読めば、国語力はなんとかなる。
3年と少しのおもいっきりの引きこもりの後、娘はみずから高校を受験、合格し、高校生活をほとんど休む事もなく優等生で卒業できました。
当然つらかったはずだけど、一生懸命に頑張ってくれました。
その後も洋裁専門学校に3年間通学、卒業できました。
それは、あの3年間で私と一緒に娘の洋服を作った事で決めた事、と言ってくれました。
体型にぴったり合う洋服、自由に好みのデザインを作れる喜びを知った、と言ってくれました。
その事が目標となってくれた事に私も母として、最高の喜びです。
あのつらかった3年間も無駄ではなかった。あの日があるから、今の娘がいる。
今でも、登校拒否の原因を聞いても良くわからないと言う。
それは私への配慮であるのかも知れない。
家庭不和は子供への大きなストレスになるはずだから。
それは今でも申し訳なく思っています。
あの時に親は何件も内科に連れて行った。結果は血圧が異常に低く、立っていられないだろう、というものでした。
今になって思えば、同時にうつ病も病んでいたのではないか、と思うのですが、当時はそんな情報も少なく、全然思いもよらなかったのが残念でなりません。
今、学校に行けない子供達は大勢おられると思いますが、とにかく生きて下さい。
そしてしばらく休んで下さい。
無理矢理に学校に行かせないで下さい。
登校拒否になった子は頑張って頑張って、ついには力つきて学校に行けなくなったのです。
決して怠けているのではないのです。
しばらく休み、意欲が出て来たら、自然と自分から行動をおこそうとしたらサポートしてあげてください。
子供さんによっては、元気になったのを見計らって少しの後押しも必要な子もいますので、一概には何とも言えない部分もあります。
それまで、親御さんは気長に待ってあげてください。
親御さんも、子供の将来を考えたり、世間の冷たい目にもさらされ、色々と詮索され、根も葉もない誤解も受け、大変つらいことと思います。
私もまわりの何気ない言葉にも傷つきました。
でも、いつかは必ず笑って過ごせる日が訪れるでしょう。
その日を信じて待ってあげて下さい。
この記事は娘からの希望で書きましたが、全部私の文章です。
「本当に登校拒否になった事実を書いていいの?」と何度も確かめてから書きました。