『あなたはこの世でひとりしかいない、大切な人です。』
何度でも言いますね😸
前回からの続きになります。
数十年前の、私はあの時のAさんとのやりとりについて、今でも繰り返し繰り返し考え続けています。
私がAさんの言葉から強く感じのは、
『 想像もつかないほどの孤独感 』
でした。
ご家族の深く深く慈しむ愛情。
死を間近に感じている友人の心を、何とか支えようとする友情。
側から見て、確かにこれらは存在しているはずなんです。
Aさんだって、心のどこかで感謝の気持ちがなかったわけではないでしょう。
それなのに、周りの人達の愛情が見えなくなるほど、彼の絶望と果てしない孤独感はあまりにも深すぎたんではないでしょうか?
「友達はいない」という彼の言葉。
ーーー 30才ほどの若さで逝かないといけない自分。
もちろん、やりたいこと、夢はたくさんあった。
かたや、これからも未来を持っている同年代の友達。
Aさんの目から見て、友達に対する気持ちは複雑な胸中があったのかもしれません。
普段の様子からは決して見せなかったAさんの悲しい深い心の闇が見えた気がしました。
Aさんの本当の気持ちを聞くことは永遠にできません。
だから、私は彼の気持ちを憶測することしか出来ないのです。
あの時、黙ったままの私をAさんはどう思ったんでしょう❓
吐露せずにはいられなかった自分の気持ちに対して、何か答えの一例が欲しかったんでしょうか❓
それとも、いち看護師の答えなど求めておらず、ただ自分の気持ちを聞いて欲しかっただけなんでしょうか❓
堂々巡りのように、私の答えはいつまでもでないのです。
私に唯一答えがあるとしたら…
中島みゆきさんの歌に『二隻の船』という名曲があります。
苦しく果てしない海という人生を、小さな小舟が浮かんでいる、いかにも重々しく寂しい人生観がイメージされる歌詞です。
しかも、対となるはずの2隻の舟は一緒にいることは出来ず、離れ離れのまま海を渡っていくのです。
一見救いがないほどの孤独の歌に思えますが、
歌詞の最後は、
『私達は2隻の舟、ひとつづつの、そしてひとつの…』
と、締めくくられています。
この歌を若い頃に聴いて、何故か納得せざるを得ない感銘を受けました。
若者特有の、周りが見えなくなるような漠然とした孤独感(今風に言うと厨二病⁇)
どこをどう探しても自分を愛し愛される存在は見つからず、ひとりぼっちだと思い込んでいる時期があったと思います。
しかし中島みゆきさんの歌を聴いて、
「なぜか見えないけれど、自分は絶対に永遠に切れない絆で誰かと繋がっている」
と思えたのです。
目の前にある『死』を直視しないといけない、Aさんの孤独や絶望感を、誰も真に理解することは出来ないかもしれません。
家族であっても。
だけと、私はもし時間があの時に戻るなら、Aさんに伝えたいことがあります。
「友達なんかたくさん居なくていいよ。
もしも、もしAさんがこの世でたった1人でいいから、本当に信じあえる思い合える相手がいたとしたら、他には何もいらないよ。
時間は関係なく、その絆は永遠のものなんですよ。」
こんな言葉は意味がないかもしれません。
それでも、今でも私はAさんに伝わるまで伝え続けたい。
『あなたも私も、ひとりぼっちなんかじゃない』と。
次回、Aさんの事例から『発達段階』についての考証をさせていただきます。
あなたも「ひとりぼっち」ではないと、私は言い切れます。
あなたに特別な特別な、幸あれ❣️