もうすぐ命日だね~。
私が30代前半の時に、インフルエンザにかかり
あっけなく亡くなってしまった。
84歳で。
私のおばあちゃんは8人の子どもの母だ。
上3人は前妻の子どもで、うちの母は8人中5番目。
腹違いの8人だったけど、みんなよく
おばあちゃんの家に集まっていた。
従兄弟もたくさんいて、私は年上ということもあり、
小さい子どもたちを引き連れて、三茶を練り歩いていた。
私が10歳の時におじいちゃんがなくなってから、
本当の娘5人の家を転々としていたおばあちゃん。
その頃うちの母はシングルになったばかりだったので、
おばあちゃんと一緒に暮らすのは金銭的に
とっても難しかった。
でも他の家からまるでたらい回しのようにされて
うちにやってきたおばあちゃんを見て、
「一生私が面倒を見る!」と啖呵を切ったらしい。
たしか私が中学生ぐらいだったと思う。
それから結婚して家を出るまで
ずーっとおばあちゃんと暮らしていた。
おばあちゃんの作るご飯は大胆な物が多くて、
昔の人は料理上手だとばかり思っていた私は
いつも食卓に並ぶ真っ黒焦げの何かを見て
度肝を抜かれていた。
でも母は夜働いていたので、とっても有り難かった。
だっておばあちゃんがいなかったら
私が料理を作ることになっていただろうからね。
妹はそのときまだ3歳ぐらいだったし。
おばあちゃんはよく私に言ったものだ。
「料理なんてわざわざ習わなくったって、大丈夫。
結婚したら作れるようになるよ。
それよりも料理ができる女性じゃなくちゃ嫌だなんていう
男性には気をつけな。細かくてうるさいに決まってるんだから。
料理なんてできなくてもいいから結婚してって言う男性を見つけな。」って。
こういう一般的な考えを覆すようなことを
いつも教えてくれていた。
そして自分に都合のいいことはすぐに取り入れる私は
本当に料理のできないまま結婚してしまった。
もちろん「料理なんてできなくても全然いい」って
言われたから結婚したんだけどね。
でも、おばあちゃん、おばあちゃんの言ったとおり
料理はなんとかできるようになったよ。
得意ではないけど、みんな私の作った物で
生きていけてるよ。
きっと普通の人が聞いたら、なんてことを言うんだって
思われるようなことばっかり
私に諭して教えてくれていた。
私は母よりおばあちゃんに似ているのかもしれないね。
大正生まれなのに、大胆で大ざっぱで
家事が嫌いなおばあちゃん。
命日が近づくと色々言われたことを思い出してるよ。
けっこう良い線行ってるよ、おばあちゃんの言ったこと。