82.彼女の旅の動画
la vidéo de son voyage
4.私はその花の名前を忘れてしまった。
J'ai ouvlie le nom de cette fleuer.(まだダメでした~)
正解:J'ai oublié le nom de cette fleur.
1270 最後の十字軍
1273 ハプスブルク家のルドルフ一世、ローマ皇帝に選ばれる
ルドルフの息子アルプレヒトは、人望がなく、ウィルヘルムテルに家来のゲスラーを殺され、スイスに独立される。
1339~1453 フランスとイギリスの百年戦争
ジャンヌダルク、1431年に火刑
1440 ハプスブルク家から久々にローマ皇帝が出る。地味なフリードリヒ三世。
が、地味フリードリヒ、地味に基礎固めをがんばる。
息子を、ブルゴーニュ公の娘に婿入りさせる。
先を越されたフランス王ルイ11世(蜘蛛王)(ヴァロワ家)は、ハプスブルク家と仲悪くなる。
ブルゴーニュ公というのは、ヴァロワ家の分家です。でも、王家にはなれなかったので、フランス王になれる機を狙っています。
ブルゴーニュ地方の貴族ですから、お金はあります。オーストリア辺りのハプスブルク家より金持ちです。
イギリスと百年戦争してるけど、ブルゴーニュの当主(突進公シャルル)は、イギリスの姫と結婚しています。
という背景です。ここから、地味皇帝の息子の話に行きます。
1477 マクシミリアン君、マリアと結婚し、家来を連れて、オーストリアからブルゴーニュにやってきました。
オーストリアはまだ中世みたいな生活でしたが、ブルゴーニュは都会でした。
ところで、マクシミリアン君は、ドイツ語で、マリアはフランス語です。二人は、ラテン語で会話したそうです。でもマクシミリアンはすぐ、フランス語を覚えました。二人はラブラブだったそうな。マクシミリアンは、地味父に似ず、カッコよかったのです。
二人に息子が出来ますが、このフィリップが、キャッチが、なんと、「美公」とつけられるほどの美形です。検索で肖像画出ますよ。→フィリップ美公
地元オーストリアでは、地味フリードリヒがまだ長生きして、ローマ皇帝になってます。
ちょっと戻って、1453年。フランスとイギリスの百年戦争が終わったころ、東ローマ帝国がトルコにやられました。
コンスタンティノープル陥落。つまり、キリスト教がイスラム教にやられたってことです。
地味フリードリヒの、「ローマ皇帝」は、ビザンツ帝国(東ローマ帝国)とは違うみたいですね。神聖ローマ帝国とか言ってるし。選ぶ司教たちのほうが偉いし、よくわからない~。
まあとにかく、イスラム教のトルコが、危険な存在になってきたのです。
そして、マクシミリアンが婿入りしてまもないころ、トルコにバックアップされて強くなったハンガリーが、オーストリアに攻めてきました。
地味父、どうしたか?脱兎のごとくどこかに逃げてしまいました~。
ウィーンは、ハンガリー軍に占拠されてしまいました。
ここで、マクシミリアンが、ローマ皇帝に選ばれます。
「フリードリヒ死んでないけど、年だし、あんな卑怯な人じゃオーストリアがイスラム国になってしまう」
「ローマ皇帝は、自国を守る義務がある」
「今まではダメな人が皇帝になってきたけど、もうそう言ってられない」
「マクシミリアンなら有能だ」
1486 という理由で、マクシミリアンは皇帝になり、ハンガリー軍と戦うことになりました。
フランスはこの辺飛ばしたとこです。アンリたちはまだいません。