(1985/加藤博子訳、洋泉社、1995.5.1)
副題「バッハさん、コーヒーはいかが?」
バッハの世俗カンタータ
《お静かに、おしゃべりはせずに》BWV211
通称〈コーヒー・カンタータ〉の歌詞で
コーヒー好きの娘リースヒェンが
「千のキッスよりなお甘く、
マスカット・ワインよりなおソフト。」
(引用は杉山好訳から)
と歌う箇所があります。
最近
コーヒー・カンタータを
何回か聴いていて
この歌詞の箇所で思ったのは
当時はコーヒーに
砂糖を入れて飲んでいたのか
ということでした。
砂糖を入れない場合
キスよりも甘く
マスカット・ワインよりもソフト
という歌詞には
つながらないのではないか
と思ったわけです。
以前こちらで紹介した
リースヒェンを演じる
ルーシー・シャンタルが
砂糖壺から掬ってカップに足して
思いっきりかき混ぜてましたから
入れるんだろうとは思うものの
ちょっと気になったので
参照してみたのが今回の本です。
著者は
バッハ・アルヒーフの館長で
バッハ研究の碩学です。
その著者が
当時のコーヒー事情と
コーヒー・カンタータ演奏の
背景に絞って書いた
小著となります。
本当に小著で
新書本より少し大きいサイズで
122ページしかありません。
巻末に
当時のバッハの日常を記した
執筆者名がどこにも書かれていない
「解説にかえて」という副題付きの
長文(40ページ弱)のエッセイと
訳者あとがきがついて
総ページ数が164ページです。
おそらく長文のエッセイは
訳者が書いたものだと思いますが
署名がないのはいかがなものか
と思わずにはいられません。
ちなみに
本体表紙や
本文中に何葉か載っている
イラストの執筆者名も
どこにも載ってません。
原著に載っているものなのか
日本で描き下ろされたものなのかも
はっきりせず
これもどうかと思いますね。
それはともかく
今回、久しぶりに読み直して
同時代のコーヒー事情を
改めて確認できただけでなく
コーヒー・カンタータ初演の際
リースヒェンを演じたのは
男性の裏声歌手だったろう
(今でいうカウンターテナー
ないしソプラニスタですね)
と書いてあるのが目にとまり
これは忘れていたので
ちょっと驚かされた次第です。
世俗カンタータですし
コーヒー・ハウスでの演奏ですから
てっきり
女性が歌ったんだろうと
思っていたのでした。
男性の裏声歌手が
女装したかどうかまでは分からない
とシュルツェ博士は書いてますけど
女装したと想像すると
ちょっと笑えますね。
で、肝腎の
砂糖を足したかどうかですが
シュルツェ博士は
直接的には言及してません。
ただ、
56ページに引用されている
当時の詩に
「カップに砂糖が投げ込まれ、
コーヒーの泡に黒い裂け目がひろがるとき」
というフレーズがありますので
砂糖を足してたんだろうなあ
と想像されるのでした。
忘れていたのは
それだけではなく
上に引いた詩もその一例ですけど
バッハ以前にも、バッハ以外にも
コーヒー・カンタータと称する詩や楽曲が
発表されていたようです。
どれも今日、演奏されませんから
たいした作品ではないんでしょうけど
バッハ以外にもあったというのは
それだけ当時のコーヒー人気を
よく示しているということに
なりましょうか。
以下は蛇足。
本書の装丁は
コーヒーにちなみ
オビがコーヒー色なだけでなく
カバーを外した本自体もコーヒー色
というのは上掲の写真でも
分かる通り。
それだけではなく
本文の紙もコーヒー色で
統一されています。
厚めでザラッとした質感の紙で
ページが少ないことを鑑みても
軽すぎるくらい軽い
持ち重りのしない本です。
ですから
ハードカバーとはいえ
安っぽい感じがする上に
コストがかかったのかどうか
分かりませんけど
たかだか165ページほどの本が
本体価格1262円
税込価格1300円という
値段になっています。
買った当時
高いと思ったものですが
今となっては
こうして役に立つのですから
買っておいて良かったかなと。