『かまきり』

(1960/斎藤正直[さいとう まさなお]訳、

 ハヤカワ・ミステリ、1964.6.30)

 

ユベール・モンテイエのデビュー作にして

フランス推理小説大賞受賞作です。

 

ずいぶん前に古本で買ったものですが

これまた読むのは今回が初めて。(^^;ゞ

 

 

大学教授ポール・カノヴァは

助手のクリスティアン・マニュイの妻で

自分の秘書でもあるベアトリスと

不倫の関係にありました。

 

あるとき

クリスティアンに

不倫の現場を押さえられ

悲劇が起きるのですが……。

 

 

物語は

Documents in the Case スタイル

とでもいいましょうか

1923〜1950年の間に

書かれたり交わされたりした

事件をめぐる様々な文書が

時系列順に並べられて

読み手の前に示されていきます。

 

時系列順なので

ポール・カノヴァを見舞う事件の

そもそもの要因となる出来事から

示されていきます。

 

ただし物語は

カノヴァを見舞う

最終的な悲劇に留まらず

その後の、関係者間における

心理闘争が中心となっていき

ついには皮肉な結末を迎える……

とまあ、内容紹介として

ちょっと曖昧すぎますけど

これ以上は書けない感じかなあ。

 

裏表紙の内容紹介には

作中で起きるメインの事件の起点を

もうちょっと立ち入ったところまで

書いてるんですけどね。

 

 

不倫に関わって起こる事件は

少し前に読み終えたばかりの

(ただし『かまきり』の頃は未紹介だった)

フレデリック・ダールの長編

『生きていたおまえ…』で

 

『生きていたおまえ…』

(1958/長島良三訳、文春文庫、1980.12.25)

 

描かれる犯行計画とまったく同じでして

これにはびっくりさせられました。

 

ダール作品の場合は

犯人がミスを犯して

予審判事に追及されるという

倒叙ミステリ風の展開を見せますが

モンテイエ作品の場合

司法的な責任は回避できてしまい

代わりに、残された人々の間で

心理的な確執が生まれることになり

むしろそちらの方がメインになります。

 

 

ある人物を

精神的に追い詰める方法は

これもお国柄というものでしょうか

さすがグラン・ギニョールの国だけあって

心理的にサディスティックな感じ。

(今の読者にはどうでしょう)

 

追い詰めるためのトリックの中には

イーデン・フィルポッツの長編

『闇からの声』(1925)を

思わせるようなものもありますが

本作中にはエドガー・アラン・ポオの

「盗まれた手紙」(1845)への言及もあるので

意外とフィルポッツ作品も知ってて

援用しているのかも。

 

 

いずれにせよ

ミステリのトリックという観点からだと

オリジナリティが感じられず

その手のものを期待される向きには

おススメできません。

 

重要な登場人物である二人の女性の

いわば女の闘いがメインだと考えれば

その皮肉な結末とともに

楽しめるかと思います。

 

もっとも、上にも書いた通り

書簡や日記、新聞記事など

様々な文書をまとめて示す

というスタイルなので

それを煩わしいと思う方には

楽しめないかもしれません。

 

 

ちなみに

ダール作品と一部そっくり

ということに加えて

もうひとつ驚きなのは

裏表紙に書かれている

二人の人物のやりとりが

本文中にはないことでした。

 

そこに書かれている

犯行計画を確認するやりとりは

出てくるんですけど

その箇所に

「あなた、知っている?

 かまきりは雌が雄を食べてしまうのよ」

というような件りはありません。

 

本作品は英訳されたそうですし

もしかしたらその英訳版には

出てくるのかもしれませんが

フランス語版に基づいたと思われる

日本語訳の本文にはない。

 

草創期のハヤカワ・ミステリなら

裏表紙の内容紹介と

本文の内容とのズレということも

あるいはあったかも知れませんけど

本書のような場合は

かなりレアなケースではないか

と思います。

 

 

原題の Les mantes religieuses

「信心深いかまきり」という意味だと

巻末解説に書かれてますけど

mantes religieuses で

ヨーロッパではもっとも一般的な

ウスバカマキリを指すようです。

 

鎌にあたる前脚を閉じたときの姿が

祈るときの姿勢に似ていることから

付けられた名前のようで

学名も Mantis religios なのでした。

 

日本にも

かまきりの異名として

「拝み虫」

という言葉があるそうですけど

もし愚直に直訳するとしたら

それかもなあ。( ̄▽ ̄)

 

いずれにせよ

「かまきり」という邦題で

過不足ないわけですね。

 

 

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