(2014/務台夏子訳、創元推理文庫、2018.12.21)
父親を知らずに母子家庭で育ち
酒に溺れ生活力のない母親と
父親が異なる自閉症の弟を残して
大学に進学した主人公は
身近な年長者から話を聞き
伝記を仕上げるという課題を与えられます。
身近に年長者がいない主人公は
高齢者の介護施設を訪れ
ガンにかかって余命が少ないため
施設に引き取られていた
殺人事件の受刑者の存在を知り
彼の伝記を書くことになるのですが……。
作者はデビュー作の本書で
バリー賞のペイパーバック部門最優秀賞と
レフトコースト・クライム・ローズバッド賞
およびシルバー・フォルシオン賞の
デビュー作部門最優秀賞を受賞しました。
さらに
残念ながら受賞は逃しましたが
国際スリラー作家協会賞のそれぞれで
デビュー作部門の候補になったそうです。
レフトコースト・クライム・ローズバッド賞および
シルバー・フォルシオン賞というのは
初めて聞きましたけど
その他は、海外ミステリファンなら
一度は聞いたことのある賞ばかりかと。
それらの候補に挙げられ
その内の3つを受賞しただけでなく
Amazon の Books We Loved 2014
(というものがあるらしい)の一冊に
選ばれたのだとか。
オビには「バリー賞他 3冠」とあるだけで
他の賞などについては
訳者のあとがきで読後に知りましたが
読み終えた後
その支持の高さも
頷ける出来栄えでした。
読んでいる途中
いろいろと用事が挟まって
何度か中断したのですが
再び読み始めると
その中断がなかったかのように
スムースに物語に入り込めました。
メインとなる過去の事件の他にも
アパートの向かいの部屋に住む
女子大生との恋の行方とか
生活能力のない母親の許に置いてきた
弟に対する心配といった挿話が絡んできて
決して一直線なストーリーではないのですけど
語り口のうまさと訳文の読みやすさとで
中断が入っても飽きることなく
また、引っ掛かることなく読めた次第です。
本書を読む前に読んでいた作品が
中断後、再び話に入っていきづらい
ということがあったため
(あえて作品名は伏します)
上に書いたようなことは、個人的に
大いに評価に値することなのでした。
受刑者が実は無実であるというのは
過去の殺人事件を扱うミステリにおいて
定番中の定番の展開ですが
そういうプロットは割と好み。
これがアガサ・クリスティーなら
事件当時、真実と思われていたことが
証拠や推理によってひっくり返る
という展開になるわけですけど
本書の場合、クリスティー級といえるほどの
劇的な謎解きは披露されません。
事件関係者も少ないし
被害者が強いられていた行為から
犯人の見当も
だいたい、ついてしまいます。
それでもついつい読まされるのは
犯人の見当がつくことで
安心感を覚えると同時に
キャラクターの魅力に浸れる
というところが
大きいのでしょう。
主人公の大学生も魅力的ですが
ガンで死期が迫っている
過去の殺人の受刑者のキャラクターも
味わい深いものがありました。
ベトナム戦争の帰還兵という設定は
ありがちといえばありがちなんですが
なかなかの知識人ぶりを見せているあたり
好みのキャラクターなんですよね。
たとえば、
「長いこと死を願い、
死のうとしてきたあとで」
「生きたいと思わせた」理由を語る際
パスカルの賭けの話をする件り
(pp.264-265)は
元受刑者の知性を示すと同時に
なかなか奥が深いものを感じさせます。
ちなみに
途中、過去の事件に絡んで
裁判の方向を決めた被害者の日記が
問題になってくるんですけど
その日記の一部が暗号文になっている
という設定から
ヒラリー・ウォーの名作
『失踪当時の服装は』(1952)を
連想しました。
作品の傾向は違いますし
暗号そのものは簡単なものですけど
そういう趣向が入ってくるだけで
なんだか嬉しくなってしまったわけでして。
お話が綺麗ごとになり過ぎている、
御都合主義である、と思う方も
あるいはいるかも知れませんが
読後感の爽やかさは捨てがたい。
個人的には、おススメしたい一冊です。