『疑惑の銃声』

(1934/木村浩美訳、論創海外ミステリ、2018.7.30)

 

イザベル・ブリッグス・マイヤーズは

アメリカの女性探偵作家で

『殺人者はまだ来ない』(1930)を

懸賞に投じてデビューしました。

 

その懸賞では

エラリー・クイーンの

『ローマ帽子の謎』(1929)と競い

当初、クイーンが入選したんですが

その後、主催者が変わって

逆転入選したことで

知られています。

 

クイーンの方はその後

国名シリーズを陸続と刊行して

アメリカ・ミステリそのものとまで

言われる作家になったことは

ファンならご存知の通り。

 

マイヤーズの方は

第2作『疑惑の銃声』を上梓した後

作家としての筆を断ち

心理学者として

名を残すことになります。

 

『殺人者はまだ来ない』の方は

戦前から何度か翻訳されましたが

『疑惑の銃声』の方は未訳のままで

今年に入ってようやく訳された次第。

 

本のオビにも謳われている通り

実に、アメリカでの刊行から

84年ぶりの紹介となるわけです。

 

 

上にも書いた通り

『殺人者はまだ来ない』は

クイーンと競い勝ったということで

本格ミステリとしてすごいのだろうと

思っていたのですけれど

戦後、雑誌『EQ』に訳されたものを読んだ際

さほどとも思われない出来だった

という記憶があります。

 

それもあって

『疑惑の銃声』も

たいして期待してはおらず

実際に読み進めている間は

〈戸棚の中の骸骨〉ものかあ、と

やや冷めた想いで読んでおりました。

 

ところがクライマックスに至り

ちょっとした発見から

意外な真相が明らかになって

びっくりさせられました。

 

そして真相が明らかになった途端

それまで読んできたすべての出来事が

見事に反転し、違った風貌を見せるだけでなく

その反転をすべて一瞬のうちに理解させるあたり

お見事の一言につきると思った次第です。

 

よくよく考えれば、なるほどそうか

と理解されるといった体のオチではなく

まさに、一瞬のうちに反転させ

読み手に理解させる、

このプロットは見事だと思います。

 

 

「戸棚の中の骸骨」というのは

英語の Skelton in the closet の訳で

世間には知られたくない家庭の秘密

という意味の成句です。

 

ヴィクトリア朝の

センセーション・ノヴェルや

英米のミステリに

よく見られる表現で

そういう秘密を隠そうとして

事件が起きるというのが

お馴染みのパターン。

 

かなり古臭いパターンなのですけど

歴史ミステリの書き手として知られる

イギリスの作家ロバード・ゴダードの作品には

割とそういうタイプのプロットが

頻出しているような気がしますし

ゴダードに限らず、また洋の東西を問わず

今でもよく見られるパターンかもしれません。

 

その秘密は何か

というのがキモだと思って

読んでいたのですが

3分の2くらいで気づきました。

 

海外の小説を読み慣れていれば

もっと早い時点で気づく人も

いるかも知れません。

 

そして、このネタは

現代の読者には通用しないだろう

と思ったりもしたのですが

現代でもありえないかといえば

そうでもなく

歴史小説として見るなら

まあ、いいかと思いつつ読み進み

どんでん返しですから

ほんと、びっくりしました。

 

あと、その秘密をめぐって

探偵役がある行動をするのですが

その行動が名探偵キャラとしては飛んでもなく

これは賛否が分かれそうですけど

趣向としてみると

かなり斬新といえなくもない。

 

それやこれやで

ある意味、とんでもミステリと

いえなくもない、

印象に残る作品でした。

 

 

最後の真相が明らかになった時の

関係者の気持ちを考えると

悲劇の度合いが、いや増して

暗澹たる気分になること間違いなし。

 

……て、これじゃ

読書意欲を削ぐだけでしょうか。

 

でも、そうであればこそ

隠された秘密の社会的な問題性が

強調されもするのではないか

とも思ったりします。

 

そしてそれは

現代の読者でなければ

感じ得ないようなものだとも思うわけで

それこそが本作品を今、読んでみることの

意味ではないかと思う次第です。

 

 

読み終えてから

一般的にどう評価されてるんだろうと思い

検索してみたところ

Amazon にはレビューが(まだ?)なく

読書メーターでの評判は今ひとつ。

 

読書メーターでは

無意識のネタバレ感想もアップされており

困ったものだなあと思ったのですが

版元の内容紹介も

(それを流用しているオビ文や

 ネット書店の内容紹介はもちろん)

ネタバレに足がかかっており

ちょっといただけません。

 

いちばん納得できたのは

翻訳ミステリー大賞シンジケートの

ストラングル成田氏の書評でした。

 

「内容に関する情報がないほうが

より愉しめるのではないかと思われる」

という評には、著しく同意です。

 

オビ文も見ない方がいい。

 

 

とかいいながら

本ブログでは書影をアップし

いろいろと感想を書いたりして

何ですけど

なるべく内容にはふれず

美点だけを述べたつもりですので

ご容赦ください。

 

一読すると

人に勧めて感想が聞きたくなるような

そんな本なんですよね。

 

原文も

リーダビリティーが高いんでしょうか

訳文は読みやすく

さくさく読めますので

興味を覚えた方は

一読おススメします。

 
 
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