(1896/高橋朱美訳、長崎出版、2008.3.14)
長崎出版という
倒産して今はない出版社から
「海外ミステリ Gem Collection
(ジェム・コレクション)」
という叢書が出ていました。
その13冊目が
ポーストの文壇デビュー短編集の
本作品です。
ポーストは大学卒業後
法曹界に進み
弁護士を生業としていました。
その経験をふまえて
創り上げたのが
ランドルフ・メイスンという
弁護士のキャラクターです。
ランドルフ・メイスンは
史上初の悪徳弁護士として
有名なキャラクターで
それまでのミステリがおおむね
探偵役が悪人を捕まえる
勧善懲悪の物語だったのに対し
メイスン譚は犯罪者に知恵を授け
法の追究を免れさすという物語でした。
第1話の「罪体」で描かれた方法は
実際にそれを実行する者が現われたために
現実の法律の方が改正を迫られたという
いわく付きの作品です。
その「罪体」は
『EQ』という雑誌に
別人の訳が載ったことがあって
そちらで読んだことがありますが
その他の短編は
今回が初読になります。
すべてがすべて
殺人がらみの話かと
思っていたのですけど
完全殺人ものは第1話だけでした。
また、メイスンが
法廷で弁護に立つのも
実は第1話だけだったりします。
他は、
緊急に金が必要な依頼人に対し
どうやって法にふれずに
金を手に入れるかという話や
横領で捕まることが確実な
辞任前の保安官を救う話など
いってみれば
詐欺に属するタイプの犯罪ばかりでした。
事件への関わり方も
第1話のみが特殊なのであって
第2話以降は
メイスンの事務所の事務員
パークスの手引きにより
依頼人がメイスンのもとに
訪れるのですけど
メイスンはそのことを知らない
というふうな設定なのでした。
読み進めるうちに
メイスンというのは
法律の間隙を縫った計画を立てるのが
ゲーム感覚の趣味のようになっていて
依頼人が現われれば
計画を立てるのに燃えるし
たとえ依頼人がいなくても
常に思いついたりするようなキャラ
という設定だと分かってきます。
パークスはそこに目を付けて
メイスンに内緒で
依頼人を見つけて送り込み
おこぼれに与るというのが
毎回のパターン。
こんな事務員と
どこでどうやって
知り合うことになったのか
そこらへんの物語も
読んでみたいものです。
ランドルフ・メイスン・シリーズは
あとふたつ
作品集が刊行されました。
第二短編集の方でも
相変わらず「悪徳弁護士」のようですが
第三短編集になると
悪に強きは善にも強し
というわけで
アルセーヌ・ルパンのような
悪を懲らしめる側のキャラに
変貌するそうです。
今回の第一短編集の最後では
メイスンが
計画を立てる知能しか残っていない
廃人のような感じに
描かれてますけど
これに拠って判断すると
当初は第一短編集だけで
完結させるつもりだったのではないでしょうか。
犯罪を助長するという批判も含めて
評判を呼んだので
出版書肆に求められ
第二短編集を書いたのではないかと。
実際のところは分かりませんが
第二短編集には
批判に対する反論を書いた
序文が付いているそうですから
それだけでも読んでみたい気がします。
状況が整っていて
依頼人がメイスンの計画通りに
まさにチェスの駒の如く行動しないと
成功しない話が多いので
実際の犯罪への悪用が
頻繁に起こるようにも思われません。
また、予審制度を前提としていて
陪審法廷に回ると
有罪判決が下りそうだが
予審だと法のルールに則り
不起訴になるという話もあります。
勉強熱心で杓子定規な判事が
予審で不起訴と判断すれば
なんとかなるようなものの
人間がすべてチェスの駒のように
法則通りの動きをするわけでもありません。
その意味では
やっぱりフィクションならではの
御都合主義が導入されているのであり
作品中の方法を実践したからといって
すべてが成功するかといえば
少々疑わしい。
成功するかのように見えるので
あまり知恵の回らない人は
軽々に犯罪に手を染める
という結果を
招くかもしれませんけどね。( ̄▽ ̄)
ちなみに序文は
第一短編集にも付いています。
創作の動機について
文芸界の状況と
法律に対する一般大衆の理解
という観点から書かれており
これがなかなか興味深い。
文芸界の状況についての記述において
批評家や読者は
小説のキャラクターに
人間にはできないことをやらせながら
人間と同じ血肉のある存在として描き
陳腐なストーリーではなく
新しいものを求める専制君主だ
といっているあたり
現代と、さほど変わりません。
1869年の段階で
「ポーやフランスの作家たちが
初期の傑作を構築し、
その後「推理小説」の洪水が
押し寄せて(略)
近ごろコナン・ドイルが
シャーロック・ホームズを生み出し」(p.2)
という認識が示されていること、
そういう史観が出来あがっていたことに
ちょっと驚きでした。
そういうミステリ史において
最後は悪人が罰せられるという
勧善懲悪な話ばかり書かれている
ということが指摘されています。
じゃあ、新しいものを書いてやろう
というポーストの意欲が
感じられます。
法律に関する記述では
「法律は常識である」
という一般的な理解は誤りである
という考え方(p.3)が示されており
アンクル・アブナー・シリーズにも
見られたものです。
そうした一般常識は
「刑法の粗末な指針」であって
民放の指針にはならない(p.3)
というあたり
アンクル・アブナー譚で
民法を利用して他人の土地をかすめ取る
悪人の存在を描いたことと
通底するように思います。
法律は「完全な体系」でなく
「人間の努力と才能の成果に過ぎない」
(p.4)というあたりも
アンクル・アブナー譚に通底する
ポーストの思想を
垣間見ることができるように思います。
版元が倒産しているので
Amazon で検索してみても
在庫なし、と出るのが残念。
「日本の古本屋」でも
今のところは、まだ
出回っていないようです。
読みたいという人は
近所の図書館に入ってないかどうか
探してみるしかないようですね。