『ミステリー・マイル』

(1930/小林晋訳、ROM叢書2、2005.7.31)

 

マージェリー・アリンガムは

世界大戦間にデビューした

イギリス4大女性作家の1人で

こちらのブログでも

何度かふれたことがあります。

 

必要があって

手許にあるアリンガムの長編を

読んでいるところですけど

翻訳されたものの中では

最も早い時期に書かれたのが

今回ご紹介の

『ミステリー・マイル』です。

 

 

ROM(ロム)という

海外ミステリを原書で読むサークルが

私家版として出していた叢書の1冊で

幸いにも入手していたため

まずはこれから読んだ次第。

 

アリンガム作品のシリーズ探偵である

アルバート・キャンピオンが

登場する作品としては

2作目にあたるのですけど

初登場する長編ではちょい役らしいので

実質的な初登場作品といえるでしょう。

 

 

タイトルの

ミステリー・マイル(Mystery Mile)

というのは

原題を知っていた時から

どういう意味合いなのだろうと

思っていたのですけど

今回読んで

村の名前だと分かりました。

 

アメリカで起きた

原子力発電所事故で有名な

スリーマイル島(Three Mile Island)

というのもありますから

ミステリー・マイル村というのも

ありなんでしょう。

 

塩沢地から霧がたちこめて

方向が定かではなくなることに

由来するようですので

無理に日本語に訳せば

五里霧中村かなあ

とか思ったり。

 

 

悪の組織から命を狙われている

アメリカ人の元判事を守るため

その息子から依頼された

アルバート・キャンピオンは

スリー・マイル村に住む知り合いの

領主館に連れて行くのですが

当の判事が失踪してしまいます。

 

元判事の行方が知れないまま

今度は領主館に住む兄妹の

妹の方までさらわれてしまい

キャンピオンは仲間と共に

奪還をはかろうとするのですが……

というお話です。

 

 

アリンガムの作風は

1934年に刊行した『幽霊の死』を境に

ガラリと変わったといわれていて

『ミステリー・マイル』は前期の

冒険小説テイストの作品

ということになります。

 

最初からそのつもりで読めば

ストーリーの展開が楽しめますし

悪の組織の首領の正体についても

それなりに工夫が凝らされています。

 

 

興味深いのは

『ミステリー・マイル』における

キャンピオンと

領主館の兄妹の

妹との関係の顛末が

その後の作品にも

影を落としていることです。

 

それを知っていると、たとえば

『甘美なる危険』(1933)の

ある場面におけるやりとりが

奥行きのあるものになってくるので

まず今回の作品から読みはじめて

正解だったと思ったことでした。

 

 

『ミステリー・マイル』中にも

The White Cottage Mystery(1928)や

The Crime at Black Dudley(1929)など

(後者がキャンピオンの初登場作)

先行作品のキャラクターに

ふれている箇所があって

おやおやと思わされたり。

 

先行作のキャラクターについては

訳注できちんと説明されていて

非常に役に立ちました。

 

 

『ミステリー・マイル』は

いわゆる本格もの、すなわち

謎解きの興味を中心とする作品

というわけではないので

アリンガム=本格物の作家

と思っている読者の支持を得られにくく

今後、公刊されるかどうか

難しいところもありますが

キャンピオン・シリーズを読むのに

目を通しておきたい1冊でもあり

どこかで出してくれないかなあと

思った次第です。

 

それをいうなら

The White Cottage Mystery

The Crime at Black Dudley

どこかで、ぜひ

出してほしいんですけどね。(^^ゞ

 

 

なお、今回の本には

「箱の中のミステリ作家」という

アリンガムのエッセイが

併録されています。

 

訳者あとがきには

かつて植草甚一が

『雨降りだからミステリーでも勉強しよう』(1972)

で紹介したことがあると

書いてあるだけで

初出誌や発表年が書かれていないのですけど

植草の本で確認したところ

雑誌『ホリデー』の

1963年9月号だと思われます。

 

このエッセイ、

自伝的なことがらや

創作法について書かれていて

アリンガム作品のファンには

興味深い読み物になっており

これが読めただけでも

今回の本を買えて良かった、と

しみじみ思った次第です。

 

 

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