『渇きと偽り』

(2016/青木創訳、ハヤカワ・ミステリ、2017.4.15)

 

オーストラリアの旱魃が続く地方で

当主が妻と息子を射殺して自殺する

という事件が起きます。

 

死んだ当主とは

幼馴染みだった主人公が

故郷で行なわれた葬儀に訪れ

残された両親に頼まれて

本当に旧友が真犯人なのか

調べはじめる

というお話です。

 

 

実は主人公には

かつて故郷で起きた

ガールフレンドだった少女の死に

責任があるのでは、と疑われて

故郷を捨てたという事情があり

その事件を忘れていない人々から

白い眼で見られながらの

調査となるのでした。

 

その過去の事件についても

真相がはっきりしておらず

今回の事件の調査と並行して

明らかになっていきます。

 

 

町というより

村という感じのする

コミュニティを舞台に

狭いコミュニティ故の偏見が

主人公への迫害を生み

調査を妨げるというストーリーは

ミステリに限らず

田舎を舞台にした物語の

定番ともいえるストーリーでしょう。

 

旱魃が続く自然環境の厳しさが

サスペンスの醸成に与ると同時に

最後のカタストロフにつなげるあたりは

なかなか巧い展開でした。

 

 

ミステリとしては

当主の家族惨殺という状況が

些細な不自然さから

疑問が生じるというあたり

なかなか見事です。

 

視点を変えると一気に真相が分かる

というタイプの作品で

事件関係者が少ないにも関わらず

意外な犯人を提示しているあたり

重要な手がかりの出し方が

遅い気もしますけど

これがデビュー作であることを思えば

凡手ではないと思わせる出来栄え。

 

 

単純なプロットを

主人公の過去の因縁や

それに由来する迫害

また、旱魃が続く厳しい状況と

オーストラリアならではの

自然描写で色付けして

「小説」に仕上げています。

 

小説的な装飾によって

単純なプロットをふくらませる

というあたり

現代ミステリの典型

といえるかもしれません。

 

その小説的装飾が

一種のミスディレクションとして

効いている感じがしますし

小説的要素が過ぎて重厚長大

とまでは至っていないのは

いい感じですね。

 

 

もっとも、

過去の事件の真相は

推理によって明らかになるのではなく

神の視点からの描写で

(要するに三人称客観描写で)

明かされるあたり

現代の事件の謎解きが

鮮やかだっただけに

ちょっと物足りなくもない。

 

ちなみに

「本書の読後感はけっして悪くない」

と訳者あとがきに書かれていますけど

現代の事件の方はともかく

過去の事件の真相は

いろんな意味で

かなり後味が悪いと思います。

 

 

作者はイギリス生まれで

現在はオーストラリアの

メルボルン在住だとか。

 

したがって本作品は

いってみれば

オージーミステリ

ということになります。

 

それが

ニューヨーク・タイムズの

ベストセラー・リストに

ランクインしたそうですけど

どこがウケたんでしょう。

 

困難に見舞われながらも

自分の過去と訣別して再生する、

しかも親友の冤罪を晴らし

家族愛と友情を守り抜くという

主人公の姿でしょうか。

 

旱魃に悩まされるコミュニティと

迫害される主人公

という物語は

どことなく

西部劇を思わせるところもあり

そこらへんにも

ウケている要因が

あるのかもしれません。

 

まあ、実際のところは

分かりませんけど。( ̄▽ ̄)

 

 

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