(角川文庫、1972.8.10/1975.10.20. 第7刷)
ちょっと必要があって
久しぶりに読み返しました。
もしかしたら
中学生の時に読んで以来かも。
『本陣殺人事件』(1947)を連載中
別の雑誌に連載されていた作品で
アジア太平洋戦争前の作品で活躍していた
名探偵・由利麟太郎と
三津木俊助が登場する長編です。
死体がコントラバスのケースに入っている
というのは覚えていましたし
犯人が誰かというのも覚えていましたが
楽譜暗号が出てくるとか
読者への挑戦状が挟まるとかいったことは
すっかり忘れておりまして
ああ、そうだった、そうだった
という感じで。┐(´∀`)┌
カバー・イラストは
角川文庫版の横溝作品ではお馴染みの
杉本一文なのですが
上の写真は旧カバーで
このあと
コントラバス・ケースに入った死体の絵に
変更されたはずです。
中学生の頃
書店で旧カバーの本を買うのは
かなり抵抗があったような気が……。
エロ本にしか見えませんよねえ。(´・ω・`)
手許には
『横溝正史長編全集2』として刊行された
春陽文庫版もあります。
(春陽文庫、1974.6.15)
横浜の古本屋(東光堂書店)の
値札シールが付いたままなので
上京後に買ったものであることが
分かります。
角川版の表紙に気後れしたのなら
時期的には
こちらを買っても
良かったはずですけどねえ。
ところで
『蝶々殺人事件』の最後では
由利先生の夫人が
こんなことを言っています。
「でも、安心して頂戴。
今度は決して、カルメン殺人事件なんか
起こりゃしないから。
だって、うちのが
ついていてくれるんですものねえ。
ほほほほほ」(角川文庫版 p.275)
春陽文庫版だとそのあとに
「カルメン殺人事件」(1950年初出。
別題「カルメンの死」)が収録されていて
ちょっと、おやっと思わせる
絶妙なセレクトになっています。
もっとも、由利夫人が巻き込まれる事件
というわけではないんですけどね。( ̄▽ ̄)
ちなみに角川文庫版の方には
1936年に雑誌に掲載された
「蜘蛛と百合」「薔薇と鬱金香」
という短編が収録されています。
今回、読み直して
おやっと思ったのは
冒頭の
由利先生と三津木俊助のやりとり。
そこで三津木俊助が
小説の執筆を依頼してきた
出版社の主人の言葉を
紹介しているのですけど
それがなかなか含蓄に富んでいます。
「どうもいままでの日本人には
合理性が欠けているように思えるんですな。
物事を理詰めに考えて行く習慣、
それが欠けていたように思えるんですが
どうでしょう。
軽い読物にしてからがそうで、
もっと理詰めな小説が
あってもいいように思われますな。
理詰めな小説といえばさしあたり探偵小説、
それも本筋の奴ですな、
それで私どもの方では今後、
そういう探偵小説に
力瘤を入れて行きたいと思うんですが、
それについて先生に是非、
お力添えを願いたいと思いまして……」
(角川文庫版 pp.10-11)
アジア太平洋戦争後、横溝正史が
これからは本格探偵小説の時代だと思い
執筆に乗り出したというのは
よく知られているかと思います。
その執筆宣言のようなことを
『蝶々殺人事件』の冒頭で書いているとは
思ってもみなかったというか
記憶からすっぽりと抜けておりました。f^_^;
あと、解決編で由利先生が
犯人の動機について説明した際に
先生と三津木俊助との間で
次のような会話が交わされます。
「世の中には、ときどき、
そういう得体の知れぬ動機、というものが
あるもんですね。
人は常に、必ずしも自分の利害を打算して
行動するわけでないという、
これも一つの例になりますね」
「そうなんだ。そのとおりなんだよ。
だからね、殺人事件の場合、
いつもその動機を
具体的な事実に求めようとすることは、
間違っているように思う(後略)」
(角川文庫版 pp.267-268)
この部分に加えて
事件の重要な一要素となる
過去のある事件が
未解決のままに終わるという点は
本格ミステリとして見た場合
作品の傷になっているというふうに
思われなくもありません。
ただ、ちょうど『真珠郎』(1937)を
この前に再読していたこともあって
上に引用した箇所は
『真珠郎』のプロットのある部分に
通底するものを感じ
個人的にはむしろ
興味深く思ったことでした。
こんなふうに
トリック以外の部分にも
いろいろと面白いところがある
『蝶々殺人事件』ですけど
現在のところ
『横溝正史自選集』第1巻
(出版芸術社、2006)収録のものが
新刊で手に入る唯一の本かと思います。
「新刊」といっても
もう10年以上前に出たものですが。
……と書いてから
念のために調べてみたら
角川文庫に基づく
Kindle 版が出ているようです。
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蝶々殺人事件<「由利先生」シリーズ> (角川文庫)
Amazon |
ちなみに上掲のイラストが
新カバーのものです。
それはともかく
かつては文庫本で
簡単に買えたことを考えると
隔世の感を覚えるのでした( ´(ェ)`)