『ブラウン神父の知恵』ちくま文庫版
(1914/南條竹則・坂本あおい訳、ちくま文庫、2016.1.10)

ちくま文庫版
ブラウン神父・新訳シリーズの
第2冊目です。

前回の『ブラウン神父の無心』
風邪を引いた病床の徒然で読みましたが
(もう3年も前になるんですね……しみじみ)
今回も似たようなもので
風邪は治りかけ、右足は相変わらずゲキ痛
天気はいいのに出かけることもできない
という中で読み終えました。


『ブラウン神父の知恵』は
自分が小学生か中学生のとき
初めて買ったブラウン神父もので
その時は創元推理文庫で読みました。

『ブラウン神父の知恵』創元推理文庫版
(福田恆存・中村保男訳、1960.4.15
 写真は1978年3月3日発行の20版)

ですが、あまり面白くなかった。

というより
よく分からなかった
といった方がいいかもしれません。


特に、今回そのタイトルが
「盗賊の楽園」と訳されている
「泥棒天国」は
冒頭から最後まで
何が書いてあるのか
何が起きているのか
分からない
という感じでした。

その後
「どろぼう天国」というタイトルで
子ども向けの翻訳が出ていることを
知りましたけど
(あかね書房「推理・探偵傑作シリーズ」)
こんなわけの分からない話を
どうして子どもに読ませるんだろうと
子ども心に不思議に思ったことを
覚えています。

今回久しぶりに読みましたが
さすがに何を書いているのか
分かりましたけど
子どもに分かるのかよ
という印象は
まったく変わりません。

そのほか
「イルシュ博士の決闘」や
「機械の誤り」といった作品が
腑に落ちるような落ちないような
不思議な読後感でした(苦笑)


今回、通しで読んで思ったのは
意外と海外を舞台とする作品が多いことと
アメリカ人に対する皮肉
とでもいうようなものを含意した作品が多い
ということでした。

「盗賊の楽園」はイタリア
「イルシュ博士の決闘」はフランス
「機械の誤り」はアメリカ
「ブラウン神父の御伽話」はドイツ
といった具合で
3分の1はイギリス以外を舞台にしています。

「機械の誤り」は
アメリカ人法律家を
「ジョン・ブルノワの奇妙な罪」は
アメリカ人の新聞記者(特派員)を
皮肉っていました。

アメリカ人についての言及は
数は少ないですけど
いずれも強烈な印象を残します。


「紫の鬘」は
ジャーナリストを取り上げているのが
「ジョン・ブルノワの奇妙な罪」と
似たような感じですけど
珍しい書き方をしていて
新聞記者の報告(記事)を編集長が読む
というスタイルで
事件の顛末が語られています。

この書き方は珍しい。

似たような感じという点では
「銅鑼の神」に続く
「クレイ大佐のサラダ」が
イギリス人にとっての異教を
取り上げているという点で
似てましたね。

収録の順番が
必ずしも雑誌発表の順番と
同じではないようなので
似たような印象を受ける話が並ぶ
ということになってしまったようです。


ミステリとして典型的なのは
「カエサルの首」でしょうが
(コナン・ドイルの短編みたい)
これはむしろ例外で
他の話は
どこがミステリなの? というものや
読み進めたら
いつの間にか意外な場所へ
放り投げられた感じを受けるものばかり。

ミステリといえば
殺人事件が起きて犯人をつきとめる話
と思っていると
例えば「通路の人影」は
通常の犯人当てから
逸脱するようなところに
お話を落としていて
なんだか変な気分になるし。


「機械の誤り」における脱獄囚の扱い
「銅鑼の神」における殺害者の扱いも
ミステリの正道からは
逸脱している感が強いですね。

「機械の誤り」では
殺された看守の尊厳が無視されているし
「銅鑼の神」もまた
最後まで被害者の名前が明かされず
被害者の尊厳とかそういうものを
無視したような話になっています。


「紫の鬘」なんて
意外な解決は
あるといえばありますが
謎自体は提示されているかどうか
そもそも謎自体があるかどうかも曖昧で
単なる風刺小説なんじゃないかと思ったり。

「イルシュ博士の決闘」は
現象の謎解き自体は分かりますけど
なぜ犯人(?)はそういうことをしたのか
というのが
今ひとつ釈然としない。


これらのような
つかみどころのない作品を
言い表すために
何が起きているのかを問題にする
謎解きもののパターン(形式)を指す
ホワットダニット
という術語があります。

上にあげたような作品に対して
そういわれれば
そういう気もするし
違う気もするしで
なんだか釈然としない部分が残るのが
『知恵』を読んでの
全体的な印象でした。


そう考えてくると
ミステリとして
もっとも出来がいいのは
「ペンドラゴン一族の滅亡」
かもしれません。

ある人物の意外な振る舞いや
ささやかな点綴描写が
結末ですべて
謎解きのための伏線だったと
分かるあたりの呼吸は
素晴しいと思います。


『ブラウン神父の知恵』は
前作『ブラウン神父の無心』に比べて
宗教色が薄れている感じでした。

神学的ロジックに基づく話や
宗教的な回心というものが
描かれないせいでもありましょうか。

その分、深みという点で
『無心』に一歩譲る気がしますけど
それは当方の読みが
まだまだ甘いからかもしれない。

今後も何度となく
読み返すことになりそうですから
また印象も変わるでしょう。

それが今から楽しみです。(^_^)


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