『陸奥A子ベストセレクション』
(河出書房新社、2015.9.30)

先に河出書房新社から出た
陸奥A子のムック刊行に合わせて
まとめられた
旧作のアンソロジーです。

もっとも
これまでのコミックスに未収録だった
「ソリの音さえ聞えそう」(1977)
という作品が巻頭を飾り
巻末には、あとがきまんが
「わたしと漫画」が
描き下ろされているので
コミックスなら全部持ってるよという
古くからのファンならなおさら
買いではありましょうか。


個人的には
「楡の木蔭でお昼寝すれば」(1976)を
採録して欲しかったなあ
と思ったり。

男性の側の嫉妬心を
さり気なく取り上げている
「おしゃべりな瞳」(1976)は
むかし読んだときも
割とお気に入りな作品だったので
読み直せて嬉しかったですけど。

「黄色いりぼんの花束にして」(1975)
に出てくる
家族が留守のときに
ダイヤル式の家電(電話)で
片想いしている彼の家にかけてみて
コールが1回鳴った途端に切ってしまい
そのあと切れた電話の受話器に
思いのたけを語りかける
というのは名シーンだと思います。

自分が中学生だった頃
異性に電話をする際の
こういう感覚は
すごくリアルでした。

今の中学・高校生たちには
分からないかもしれませんが。


むかし読んだときも印象的だった
SFテイストの
「ハッピーケーキの焼けるまに」(1975)と
「冬の夜空にガラスの円盤」(1978)も
収録されています。

「ハッピーケーキ……」は
農薬の研究をしている学者が
失敗品を捨てていた庭の花から
女の子の赤ん坊が生まれ
さらにはその庭の植物を
サラダにして食べていた学者が若返り
最終的に二人は結ばれるというお話。

これは、ちょっといえば
『源氏物語』の若紫系の話なわけで
リアルに考えるとかなりエグい。

そういうエグさを
エグいと感じさせないのは
女の子たちの私的幻想という形で
提示されているからでしょう。

読み直して驚いたのは
博士が後見人になっていた女性
今では博士の生活をサポートしている女性が
47歳で結婚すること
どうやら初婚であることでした。

これを読んだ中学生の頃は
47歳なんて想像もつきませんでしたが
最近の傾向である晩婚化を考えても
かなりの高齢結婚のような気がします。

今ではとっくにその年齢を
追い越してしまいましたが……


それにしても
ムックの方のインタビューで
リリー・フランキーが
陸奥A子風の女の子に好いてもらうために
作中の男性のファッションを真似した
と言っていましたが
自分的には
ファッションではなく
陸奥A子風の男の子たちの
ものの考え方を真似しようとしていた
という気がします。

陸奥A子風の女の子に
好かれるような男の子になろうと
思ったりするわけですが
理想的な女の子が好きになる
理想的な男の子なわけですから
まあ、無理なのは
火を見るより明らかなわけでして(苦笑)


リリー・フランキーはまた
松田聖子の名前を出して
その歌の歌詞に出てくる女の子が
「理想の女性」像の基になった
と話してますが
個人的には
陸奥A子の作品世界と
アグネス・チャンが
カナダへいく前に歌っていた
楽曲(歌詞)のテイストとが
非常に近いという印象を受けています。

たとえば『ひなげしの花』(1972)の
B面(カップリング)だった
「初恋」(安井かずみ作詞)
であるとか
アルバム『はじめまして青春』(1975)収録の
「男の人わからない」(喜多條忠作詞)
「東京タワーを鉛筆にして」(喜多條忠作詞)
あたりの曲が
醸し出しているテイストですね。


カッコ内の発表年からも
一目瞭然ですけど
1970年代というのは
陸奥A子作品や
アグネスの歌が象徴するような
おとめチック、ロマンチック路線が
受け入れられていた時代なのでした。

ガロの「学生街の喫茶店」(1972)
かぐや姫の「神田川」(1973)
風の「22才の別れ」(1975)
なんかが売れていた時代
フォークソングがブームになった時代で
「四畳半フォーク」という言葉も
生まれました。

これらの曲は
ニューミュージックとも
言われたりします。

吉田拓郎の
「結婚しようよ」(1972)なんかが
後にニューミュージックの発祥と
目されているようです。

フォークソングは
大学生の日常を歌っていたわけですが
アグネスの曲は
生活感に密着した日常性を排除した
女の子の想いを特権的に歌っていたわけで
そこが陸奥A子は
プレ大学生である高校生の
それゆえに社会性と結びついた生活感とは
無縁でいられたヒロインたちの想いと
リンクしていった
というところでしょうか。


「すこしだけ片想い」(1978)には
千葉県から急行で6時間10分かかる
土地の大学に行っている
1~2歳年上の彼氏との
遠距離恋愛(?)が描かれますが
最後に彼氏が
こちらの(千葉の)大学に来いよ
と気軽に話して
ヒロインは簡単に決めちゃいます。

中学生の頃は
そういうもんかなあ、いいなあ
とか思ってた気がしますが
かなり長じた今の自分は
そう簡単にいくもんでもないよなあ
とか思ったりします。


それにしても今回の本
判型がムックと同じなのですが
この大きさだと
アラの目立つ絵柄もあったりして
ちょっと気になります。

ムックのインタビューで
江口寿史が答えているように
「ふにゃふにゃな線」で
「いい意味で肩肘張らない」
「お絵かきするみたい」なところを
評価する視点もあります。

それを一概に否定する気はなく
なるほどと思いますし
今回の判型は
まんが雑誌のサイズより
小さいわけですから
雑誌で読むともっとすごく感じたかも
と思ったりもするのですが
やっぱコミックスのサイズが
ベストのような気がしました。

馴れの問題もあるのでしょうけど。

それと、このサイズなら
オリジナルがカラー原稿のものは
すべてカラーで復刻しても
良かったように思うのですが……。


なんか長くなっちゃいましたが
あとひとつ。

ムックではフォローされてなかった
と思いますけど
楳図かずおのグワシみたいな
(指の立て方がちょっと違うのデス)
ヒロインたちの手の形にも
ご注目ください。


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