現在放送中のアニメ『乱歩奇譚』では
悪人に鉄槌を下すこと
すなわち殺人を厭わない
怪人二十面相が登場していますが
それ以前にも
殺人を犯す怪人二十面相が
登場したことがあります。

それが今回紹介する
かつてポプラ社から出ていた
「少年探偵 江戸川乱歩全集」シリーズの
第30巻『大暗室』です。

『少年探偵30/大暗室』
(ポプラ社、1979.10/1972.3.30、重版)

現在、ポプラ社から出ている
少年探偵シリーズは全26巻ですが
かつては全46巻構成でした。

26巻までは
乱歩自身が書いたオリジナルで
27巻からは
乱歩が一般向け(大人向け)に書いた長編を
乱歩以外の書き手によって
ジュニア向けに書き変えた作品が
収録されていました。

また、27巻以降の各巻には
「はじめに」と題した
乱歩名義の序文が付いていてました。

この大人向けにリライトした巻は
全冊買いそろえるくらいハマりました。


中でもこの『大暗室』は
原作の『大暗室』に出てくる悪人が
途中から怪人二十面相を名乗るという珍作で
原作には登場しない明智小五郎や
小林少年が大活躍する話になっています。

リライトしたのは
探偵小説専門誌だった頃の
『宝石』の編集にも携わり
一般向けのミステリを書いたり
他に児童書も出している
武田武彦という人です。

乱歩の「はじめに」でも
「少年雑誌で、
 これを少年向きの小説になおして
 発表したいとの希望があり、
 友人武田武彦君におねがいして、
 少年向きに書きなおしてもらったものである」
と書かれています。


武田武彦のリライトになる『大暗室』は
『小学六年生』の
1956(昭和31)年4月号から翌年3月号まで
絵物語として連載されましたが
その完結よりわずかに早く
1956年12月にポプラ社から
『日本名探偵文庫』の第21巻として
刊行されています。

聞いたところによると
『小学六年生』と『日本名探偵文庫』版とでは
本文が異なるそうですが
基本的にポプラ社の刊本は
最初の『日本名探偵文庫』の本文を
踏襲してきましたようです。

国会図書館に行けば
すべて架蔵されているので
(古いのはデジタル化されているので)
手間隙さえかければ
比較することはできます。

自分はまだやってませんけどね。f^_^;


『日本名探偵文庫』版は
1957年のテキストだけあって
(というのも変なのですが)
当時の風俗や社会的な事件が
註釈なしにそのまま本文中に出てきます。

大人になってから改めて読み直すと
これを何の疑問もなしに読んでいたのか
と不思議な気持ちになってきます。

たとえば
ゆうかい事務所の仲介者が
「トニー・谷の事件をごらん」
と言う場面が出てきますが
これは1955(昭和30)年の7月に発生した
舞台芸人トニー谷の息子が
誘拐された事件
をふまえています。

自分がこの本を読んだ
1972(昭和47)年ごろは
まだトニー谷の姿を
テレビで観られたと思いますけれど
自分が生まれる前に起きた誘拐事件なんて
知っているはずもなく
疑問に思った記憶もないので
まるっと読みすごしていますね。

ラスト近くには
『話の泉』を放送していたラジオで
チャイドルの(とは書いてありませんがw)
松島ナナ子が誘拐されたという
臨時ニュースが流れます。

『話の泉』は
NHKラジオ第1で放送されていた
クイズバラエティ番組で
1964年まで放送されていたそうですが
もちろん聴いていたはずもなく。

ただこの場合は
架空の番組だと思って
スルーしてたのかもしれません。

その他にも
「アメリカ音楽の『ケ・セラ・セラ』」
とも書かれていますが
これがヒッチコック監督の映画
『知りすぎていた男』(1956年公開)で
ドリス・デイが歌っていたということを
今回、調べて初めて知りました。

こんなふうに
当時の読者なら当り前に分かったこと
もしかしたら子どもにとっては
当り前じゃないかもしれないのに
そんなことは関係なく
同時代の風俗を
固有名詞そのままに書き込むということが
平気で行なわれており
今、読むとかえって面白いですね。


なお本作品には
小林君のおかあさんまで出てきて
銀座へ一緒に買い物に行ってます。

明智夫人の文代も登場しますが
文代にしては抜けていて
大した活躍も見せないのが残念。

という具合に
ある意味では
読みどころ満載の一冊なのでした。


その後、長ずるに至って読んだ
オリジナルの『大暗室』は
下に掲げる春陽文庫版です。

『江戸川乱歩長編全集12/大暗室』
(春陽文庫、1972.11.1/1977.8.10. 第23刷)

かつて春陽文庫では
短・中編は『江戸川乱歩名作集』全9巻に
『三角館の恐怖』を除く長編は
『江戸川乱歩長編全集』全20冊に
まとめていました。

当時の自分は
『江戸川乱歩名作集』を通して
大人ものの乱歩作品を読んでいたので
長編も『江戸川乱歩長編全集』で
揃えようと思っていたのですが
ポプラ社版のリライトで読んで
筋を知っていたこともあり
『長編全集』の方は結局
揃えないままに終わってしまいました。

『大暗室』も
読書会のテキストになったかどうかで
かなり後になってから
古本で買ったのだと思います。


乱歩のオリジナルを読むと
リライト版はリライト版で
よくできていると思います。

今回、8月に法事で実家に帰った際
本棚から抜き出して
帰りの新幹線の中で読んでました。

悪人が帰国してから最初に起こす
少女を殺そうとするトリックは
乱歩のオリジナルにはないもので
さすがに今の目で読むと
ちょっと突っ込みどころもありますが
なかなかセンスがいいと思ったことでした。

今回読み直すと
二十面相が人を殺す話ではなく
大暗室の主である悪人が
二十面相の名を騙っている
勝手に名乗っている
というふうに読む余地もあることに
気づきました。

これに気づけたのは
ちょっとトクした感じで。


ペタしてね