鶴書房盛光社ないし鶴書房の
ミステリ・ベストセラーズ第3巻
『なぞの怪盗セイント』の併録作品は
「美少女と宝石」というタイトルでした。

『なぞの怪盗セイント』(鶴書房盛光社版)

これは、中学の頃に
図書館で借りたか
友人から借りたかして読んで
ヘンな話だなあ
と思った記憶はありますが
どうヘンなのかは
まったく覚えてませんでした。

今回、何十年ぶりかで読み直して
ああ、こういう話だったか、と。


シェラ山脈のロッジで
休暇(?)を過ごしていた
サイモン・テンプラーこと
セイントの許に
一人の男が逃げ込んできます。

その男は、自分はここで
ドーンと会う予定なのだと言う。

また、悪漢に追われており
悪漢たちはドーンの持っている
宝石を狙っているのだと言う。

そして、セイントのことに気づいた男は
自分とドーンを守ってほしいと言う。

追っ手の追求をそらしたあとに
当のドーンがやってくるのですが
彼女は、今までセイントが
会ったことがないほどの
絶世の美女だった。

……という展開なのですが
最初に逃げ込んできた男が
これは自分の夢の中での出来事だと言い
ドーンと知りあったのも
夢の中での出来事だという説明を
最初の方でしているので
終始、夢の中の出来事のような
奇妙な雰囲気が漂っています。


表題作の
「なぞの怪盗セイント」'The High Fence' が
故買人の正体をめぐる
アクションものだったのに対して
次に収められている話が
なんだか夢幻的な話なので
いったいセイント・シリーズというのは
どういうシリーズなんだと
思ったかどうかまでは覚えてませんが f^_^;
そう混乱させてしまうところがありますね。

それに「美少女と宝石」という
タイトルはそそりますけど
作品自体は、正直
大人になった今の眼で見ると
必ずしも出来がいいとはいえません。

The Second Saint Omnibus(1951)に
本作品が収録された際
チャータリスが寄せた序文の中で
この作品がどうやって発想されたのか
書いていて、それを読めば
なるほどと思いますけど
それを紹介するとネタバレになるので
ここではナイショということで。


それはともかく、
この「美少女と宝石」の
原作(大人向け翻訳)は何だろうと
ずーっと気になっていました。

現在までのところ
翻訳作品集成 ameqlist でも
Aga-Search でも
不詳となっていますが
Wikipedia のチャータリスの項目
'Dawn' となっていることは
先に書いた通りです。

'Dawn' というのは
上に書いたあらすじからも分かる通り
作中に出てくる謎の美女の
ファースト・ネームです。

ただしこれは
単行本に収録されたときのタイトルで
雑誌初出時のタイトルは
'The Darker Drink' でした。

このタイトルでなら
大人向け翻訳があります。

それは
『エラリイ クイーンズ ミステリ マガジン』
通称・日本版EQMMの
1965年6月号に載った
「セイント闇に溺れる」(泉真也訳)です。

日本語版EQMM '65.6

ミステリ・ベストセラーズ版は
こちらを基にリライトしたものでしょう。

だから、「美少女と宝石」の原題は
'Dawn'(元題 'The Darker Drink' )とするのが
元題での邦訳があることでもあり
まあ、より正確なような気がします。


オリジナルの 'The Darker Drink' は
雑誌 Thrilling Wonder Stories の
1947年10月号に載り、そのあと
短編集 Saint Errant(1949)の巻末に
'Dawn' と改題の上で収録されました

Saint Errant には
それぞれ女性の名前をタイトルとする
九つの作品が収められています。

errant というのは
「(冒険を求めて)遊歴する
 道に迷った、誤っている」
という意味だと辞書にあるので
おそらくセイントが
 いろいろな場所で
 いろいろな女性に翻弄されて
 ひどい目に遭う
というようなニュアンスをこめた
タイトルなのでしょう。

あえて訳すなら
『セイント、女に迷う』
とでもなりましょうか。

「美少女と宝石」の場合は
美少女の色香に迷う
という感じは若干弱いですけど
「セイント闇に溺れる」の場合は
色香に迷っている感じが
芬々としています。


ある意味、異色作なわけですが
最近、FictionMags Index という
海外作家の雑誌初出を調べる際に
重宝するサイトで検索してみて
(上記 'The Darker Drink' の初出誌も
 そちらで調べて分かったのですが)
びっくりしたことに、そこには
「美少女と宝石」ないし
「セイント闇に溺れる」が
チャータリスのオリジナルではなく
クリーヴ・カートミル Cleve Cartmill
別名マイケル・コービン Michael Corbin
という作家による
ゴーストライトなのだと
書かれていました。

Wikipedia のチャータリスの項目にもある通り
セイントものも後期になると
ゴーストライトは
珍しいことではなかったようですが
自分が昔、読んだものが
ゴーストライトだと知って
驚かされたというか
異色作なのも当たり前か、と思ったわけで。

物語の途中でセイントが
「それは、チャータリスとかいう男の書く
 小説みたいな話だね」
(前掲・日本版EQMM. p.84)
と呟く、メタなシーンがあるのは
もちろん伏線でもあるわけですが
ゴーストライターの洒落かもしれない
とも思ったり。


「美少女と宝石」の原作を調べる過程で
カートミルが関わったらしきセイントものが
他にもあることが分かりました。
(そちらも日本語訳があります)

そちらについては
また次の機会に、ということで。


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