ルーサー・プリセット『Q』
(2000/さとうななこ訳、東京創元社、2014.4.30)

訳者あとがきには
1999年に世に出た(発表された)
と書いてありますけど
奥付上のコピーライトは
2000年となっていますので
上のデータはそれに合わせました。


東京創元社、46判上下本シリーズ
と、当方が勝手に名づけているだけですがw
その第4弾。

ページを開いて2段組みだと気づき
2段組みで620ページかあ、と
ちょっとウンザリしたのですが
それはまだ甘かった……。


お話は、ルターの新教運動に端を発し、
ドイツ農民戦争における
トマス・ミュンツァーの反乱を描く第1部、
その約10年後の
ミュンスターの反乱を描く第2部、
そして、さらにその10年後の
ヴェネツィアにおける
ユダヤ人銀行家一族の迫害の顛末を描く
第3部に分かれています。

ドイツ農民戦争や
トマス・ミュンツァーの反乱あたりまでは
世界史を選択した人間として
それなりに聞いたことのある出来事でしたが
ミュンスターの反乱は初耳。

そうした、馴染みのない出来事を描き
登場人物の語る異端の教えが
ピンと来ないだけでなく
事件が終わった時点から
過去を回想するという形で
何が起きたのかが語られていくので
正直、読みづらい。


まあ、いわゆる西洋ダネの時代伝奇小説
ということになるのでしょうが
時に聖書の言葉を引きながら
現代とは違う感性の人物たちの行跡が
現代の視点の語り手による説明抜きで
えんえん語られていくだけなので
物語に入り込めないというか
何度も休み休み
自分を騙し騙し読み終えたのでした。

それに短章の場面を積み重ねる書き方なので
書かれていない部分の筋道を
こちらの想像で埋めなくちゃいけないだけに
なおさらです。


一応、それぞれの事件に対し
あるローマ司教の密偵であるQが絡み
その陰謀によって反乱は失敗に終わる
という設定で
Qとはいったい何者かという謎が
設定されてはいるものの
第1部、第2部を読んでいる間は
反乱の顛末の筋道を追うのに精一杯で
Qの正体なんて
どうでもいいという気になっちゃう。

ものすごい伏線が
手がかりとして張られていて
意外な正体に驚倒する
といった体の話でもないですし。


第3部になってようやく
すべての事件に関係しつつ
生きながらえてきた視点人物の
復讐が絡んだ計画がメインとなるので
普通の時代小説として
読めるようになってきます。

そこまでは、
ルネサンス期の
ヨーロッパの宗教改革に興味が持てないと
読むのが苦痛だと思います。

ですから、これはかなり
読み手を選ぶ小説だと思いますね。


訳者あとがきによれば、このテクスト、
4人のイタリア人によって書かれたみたいで
しかも、アンチ・コピーライト小説という
実験的な試みの中から
生まれてきたものだそうですが
小説の中身よりはむしろ
そういうテキストの出自の方が面白い。

まず、架空の作者名を作って
その名のもとでいろんな人が表現行為をする
という実験だったようで
だからルーサー・プリセットという
生身の作者はいません。

本作品の第3部では、
ローマ司教の目をかいくぐって
異端の書を広めようとする計画が描かれますが
異端の書を広めることで
権力側の暴政に抵抗するというありようは
そのまま、アンチ・コピーライトという方法で
しかも、特定の固有名を持つ作者
というあり方を否定する芸術運動を推進する
現代の担い手たちのありようと
リンクしているようにも思います。

おそらくそのイメージのリンクは
意図的だと思いますけどね。


作者の死とか、
現代文学理論の考え方を適用して
意味づけすることも可能かもしれません。

夏休みの宿題
というイメージが
頭をよぎりそうになる1冊です(苦笑)


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