
(1957/菱山美穂訳、論創社、2014.7.30)
以前、こちらで
『殺人者の湿地』(1966)という作品を
紹介したことがある
イギリスの作家アンドリュウ・ガーヴの
本邦初訳作品です。
このところ上下巻の
分厚い作品が続いたので
ちょっと小休止の意味と
夜にちょっと急用が入ったので
それまでに読み終えられそうだと思い
手に取りました。
200ページ程度の本ですが
400字詰め原稿用紙に換算すると
370枚ほどあるようです。
ものすごく薄く感じますけど
昔のミステリは
この程度の長さのものは
ざらにあったというか、普通でした。
結婚して一児の母であり
主婦向けの商品(だと思います)の
モデルでもあるクレア・ハンターは
貿易商の夫アーノルドが
不正に手を染めているのではないか
という疑いを持ち
別居することを決意します。
でも、アーノルドは別居に同意せず
一歳にも満たない赤ん坊をさらって隠し
妻に屈服を強いようとします。
クレアは弁護士に相談し、
親権を確保しようとしますが
アーノルドは裁判所の呼び出しに応じず
姿を晦ましてしまいます。
警察が介入し、
アーノルドは捕まるのですが
不正事業のために
7年間の刑務所入りになることを知り
クレアに復讐するために
自分の娘でもある赤ん坊の居場所を
知らせようとしません。
クレアは友人の協力を得て
自ら娘を探そうとする
というお話です。
赤ん坊の拉致事件を扱っているので
ちょっと見には誘拐テーマなのですが
実の父親である夫が
母親である妻に
権力を振るうためにさらった
という事情のために
通常の誘拐事件のように
警察が真摯に活動してくれない。
民事不介入ですからね。
だから母親であるヒロインが
自ら調査に乗り出さなければならない
というふうに
素人が調査する流れになる設定が
極めて自然でした。
前半で描かれる
アーノルドのキャラクターは
現代の作品ではお馴染み(?)の
家庭内暴力一歩前の権力主義者で
1957年の作品でありながら
現代でも充分通用するような
描かれ方がされています。
これは、当時としては
新しかったかも知れないですね。
さらわれた赤ん坊が
どういうルートでどこに運ばれたか
ということを推理して
しらみつぶしに当たるという
推理の場面も描かれて
そこらへんはF・W・クロフツばり
と、いえなくもありません。
ただ、作品の読みどころは
訳者あとがきや解説でも
ふれられていますが
イギリスの中部地域に
運河が縦横に張り巡らされていて
それを舞台に話が進む
という設定でしょう。
運河が絡むミステリとしては
ロナルド・A・ノックスの
『閘門の足跡』(1928)が
思い出されるくらいで
その他には
ちょっと作例が思い浮かびません。
イギリスの児童文学作家
フィリパ・ピアスの短編集
『幽霊を見た10の話』(1977)に入っている
「水門で」というのが
(これは中学校の教科書にも
載ったことのある作品ですが)
閘門を扱った作品ではないか
と思いますけど
それくらいかなあ。
運河を走るプレジャーボートの
操作や航行の仕方や
閘門の操作の仕方などを
書いている場面は
それこそクロフツばりに
活き活きとしていると
いえるのかもしれません。
そこらへんを楽しめるかどうかが
本書を読む際のポイントになると思います。
ただし、「運河の追跡」と
題名で謳っている割には
サスペンスに乏しい。
ややストレートすぎる感じで
もう、ひと捻りというか
ひと波乱、欲しいところです。
それも、現代ミステリの
くどい展開に慣れてしまったから
なのかもしれませんけど。(^^ゞ
