
(旺文社文庫、1980年7月20日発行)
ちょっと必要があって再読。
初めて読んだのが
1978(昭和53)年ですから
実に36年ぶりに
再読したことになります。
その時は『幻影城』という雑誌の
別冊に再録されたもので読みました。

(1978年1月1日発行、4巻1号、通巻15号)
その際は、上の写真でも分かる通り
「薫大将と匂の宮」という題名でして
これが最初に発表された時のタイトル
いわゆる元題になります。
その2年後に、改題名の方で
文庫化されたことになりますが
(改題版は、これより以前にありました)
旺文社文庫自体は
かなり後に古本で購入したものです。
この後も元題に復して
国書刊行会から出ていた
探偵クラブという叢書の一冊や
扶桑社文庫の
昭和ミステリ秘宝の一冊としても
刊行されました。
それらも新刊で買いましたが
旺文社文庫版がいちばん薄く
持ち重りがしないので
今回はこちらで再読した次第。
元題から想像がつく通り
本作品は
紫式部『源氏物語』の
宇治十帖の続編という設定で
書かれたもので
薫大将と匂の宮の
両方から想いをかけられた浮舟が
宇治の橋から投身死した事件に端を発する
謎の連続怪死事件の真相を
紫式部が調査するというお話です。
『源氏物語』の世界を舞台に
紫式部と清少納言の推理合戦を描いた作品
としても紹介されることが多く
最初に読んだ時は
どんなに華麗な推理合戦が繰り広げられるかと
期待しながら読んだものでした。
その初読時は中学生でしたが
中学生が期待して喜ぶような
華麗な推理合戦は描かれているとはいえず
匂いをトリックに使った
という点が印象に残っただけで
何とも釈然としない読後感だったのを
覚えています。
ストレートな本格ミステリを期待すると
大きく失望されるわけで
まずは、紫式部の一人称で書かれた
王朝ものの時代ミステリとして
面白いと思えるかどうかが
本作品のキモだと思います。
その紫式部が贔屓する薫大将
(のモデルとなった人物)に
殺人の容疑がかかり
その容疑を期限までにどう晴らすかという
タイム・リミット・サスペンスの面白さが
王朝ものミステリという要素に加わり
さらに、この時代の人々ならではの
人生観や倫理観を踏まえたプロットが
楽しめるかどうかがキモであるわけです。
今回読んで、匂の宮という男は
何という身勝手な奴かと
思った次第ですが
それが普通だった時代の
少なくとも普通とされる
物語世界を背景とした作品ですからね。
怒るのが野暮、
ということになりましょうか。( ̄▽ ̄)
そういう、現代なら
身勝手といわれそうな論理が
通用する世界を舞台にしているだけに
一種の異世界ものとしても読めるわけで
途中には、芥川龍之介の
「薮の中」のような
死霊を呼び出して証言させる
という場面もありまして
中学生当時は頭が固いので
そんな証言が信用できるかと
起ったような気もしますが
今読むと、上に書いたような
異世界ものとして楽しめるんですから
ずいぶんと成長(?)したものです。
薫大将と匂の宮という
香りや匂いに敏感な人間が絡む
匂いのトリックの謎解きは
エロティック・ミステリのネタ、
いってみれば一種の下ネタでして
これは中学生だった自分には
ちょっと付いていけなかった。
本格ミステリといわれる作品には
下ネタ・トリックの系譜
とでもいうべきものがありまして
横溝正史や木々高太郎、戸川昌子、
海外ならスコット・トゥローなどの
長編作品が、それに当たります。
(タイトルはあえて伏せておきましょう)
そういうのも、当時
あまり好きではなかったですね。
(今でも、かな? w)
ただ、今回
『源氏物語殺人事件』を読み直して
面白いと思ったのは
そのトリックよりはむしろ
紫式部の語りですね。
特に紫式部が女性だけに
そういう下ネタについて
露骨に言及できないし
当時の社会状況からしても
露骨に言及した推理はできないわけで
そこが捜査の妨げにもなる
というあたりが
ちょっと面白かったです。
また、ところどころに
紫式部自身のそれを踏まえた
物語論も入ってきますが
それも含めた語りの面白さで
今回は読み終えられた
という感じです。
もちろん、もうひとつ
プロット全体に関わる
あるトリックがありまして
これも昔読んだ時は
気に入らなかったというか
真相としては下の下だと
思っていたのではないでしょうか。
(ほら、頭が固いからw)
今回はさほど気にもならず
ああ、なるほど、あのパターンね
と冷静に面白がれたのは
これは年の功とでも
いうものでしょうね(苦笑)
ただ、清少納言を
二重顎のイジワル女
というふうに書いているのは
ちょっと気に食わないかなあ。
中学生当時も
気に入らなかったかもしれません。
近年の傾向であれば
もうちょっと萌え要素の強い書き方が
されるところなんですけどね(笑)
旺文社文庫版には
「妖鬼の鯉魚」という短編も
収められていて
こちらは今回初めて読みました。
復員兵の屈託が描かれていて
上田秋成の怪談をモチーフにした
幻想小説的部分より
その屈託の方が
当時の風俗を偲ばせて
面白かったです。
「妖鬼の鯉魚」は
扶桑社文庫版『薫大将と匂の宮』にも
収録されていますので
興味のある方はそちらで。
まだ在庫があるようですし。
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